水草牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

マタイ福音書

ことばの真実

マタイ福音書5章33節から42節 33**,また、昔の人々に対して、『偽って誓ってはならない。あなたが誓ったことを主に果たせ』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。 34**,しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。天にかけ…

勝利者キリスト

マタイ4:1-11 1**,それからイエスは、悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。 2**,そして四十日四十夜、断食をし、その後で空腹を覚えられた。** 3**,すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、これらの…

終着駅に着く前に

2020年1月26日苫小牧主日礼拝 21**,昔の人々に対して、『殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。** 22**,しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に対して怒る者は、だれでもさば…

愛は律法を満たす

マタイ5:17-20 2020年1月19日 苫小牧主日礼拝 5:17 わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。 5:18 まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の…

地の塩、世の光

マタイ5:13-16 2019年1月12日 苫小牧 13**,あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです。** 14**,あなたがたは世の光です。山の…

義のために迫害される

マタイ5:10-12 10**,義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。 11**,わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。** 12**,喜びなさい。大いに…

平和をつくる者

マタイ5章9節、43節から48節 2019年11月月10日 苫小牧朝 5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。 1 「平和」とは・・・山上の説教の文脈のなかで 「平和」ということばは、旧約のヘブル語ではシャロームといいます。…

 神を見る

「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです。」 マタイ 5:8 「神を見る」ということは、人間の至福のこととして、聖書では創世記に見える堕落前の人間の神との交わり、そして、最終的な御国の完成における人間の神との交わりを表現するときに…

あわれみ深い者

「あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。」マタイ5:7 「あわれみを示したことがない者に対しては、あわれみのないさばきが下されます。あわれみがさばきに対して勝ち誇るのです。」ヤコブ2:13 「与えなさい。そうすれば、あなた…

地を受け継ぐ者

マタイ5:5 1ペテロ2:22-25 5:5 柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。 「ああ幸いだ」「ああ幸いだ」・・・と八福の教えの三番目です。前のふたつ「心の貧しい者、悲しむ者」とは、神の前で罪を自覚して救いを求める人を意味していま…

ああ幸いだ!

マタイ5:1-4 2019年9月29日 苫小牧福音教会主日礼拝 1**,その群衆を見て、イエスは山に登られた。そして腰を下ろされると、みもとに弟子たちが来た。** 2**,そこでイエスは口を開き、彼らに教え始められた。** 3**,「心の貧しい者は幸いです。天の御国…

キリストの名前

マタイ1:18-25 18**,イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。** 19**,夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかっ…

祈りと賛美

マタイ6:5‐13 2019年5月5日 苫小牧朝礼拝 5**,また、祈るとき偽善者たちのようであってはいけません。彼らは人々に見えるように、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに言います。彼らはすでに自分の報いを受けているの…

愛とタラント

マタイ25:14-30、1コリント13:1-3 2018年5月 特別会議MBC 私たちは、主の再臨を生きている間にお迎えするにせよ、あるいは、再臨の前に肉体の死という形で、主の前に立つにせよ、主の前にこの世における奉仕の生涯に関して収支報告をすべきときがやってきま…

愛の奇跡

マタイ1:18-25 2017年12月24日 イブ礼拝 1.神の愛の奇跡――受肉 19世紀、デンマークにキルケゴールという哲学者がおりました。彼は著書の中でひとつのたとえ話をしています。ある国の王様が、領内を視察していたときに、ふと見かけた庶民の一人の娘…

蓮の花のように

Mt1章1節から17節 2017年12月24日 苫小牧クリスマス礼拝 はじめて新約聖書を読もうとして、日本人なら誰もが最初に面食らうのは、この巻頭の「イエス・キリストの系図」でしょう。しかし、韓国の人たちはさほど驚かないでしょう。殉教者チュ・キチョル牧師の…