水草牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

牢獄にあっても

創世記40章

2026年4月26日

 

 あかしの生活・・・・いずこにありても御国の心地す

 

 ヨセフは無実の罪で牢獄に陥れられてしまいました。彼の立場に身を置き換えて考えると、「なんで自分がこんな目に遭わなければならないんだ。」とポティファルの淫乱な妻を憎み、yヨセフの弁明を聞かず彼を投獄したポティファルを憎み、自分を奴隷に売り飛ばした兄たちを憎んでしまうだろうな、と思います。けれども、ヨセフは『真面目にやったって、こんなことになるならば、ばかばかしくてやっていられるか。ああ、神様なんか信じるのいやになった。』などと投げやりになりませんでした。人をのろうことで日を過ごさないで、「神様はなにをしているのですか」と神様に不平をいうこともしませんでした。

 ヨセフは、牢獄というその置かれた環境のなかで、主とともに歩みました。いや、主がヨセフと共におられたとあります。それが前の39章21-23節に繰り返されています。

 21**,しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。22**,監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手に委ねた。ヨセフは、そこで行われるすべてのことを管理するようになった。23**,監獄の長は、ヨセフの手に委ねたことには何も干渉しなかった。それは、主が彼とともにおられ、彼が何をしても、主がそれを成功させてくださったからである。

 

では監獄の長は、なぜ主がヨセフと共にいるとわかったのでしょうか。ヨセフがもし仕事を熱心に、忠実にしただけならば、「ああ、ヨセフはなんという有能な男なんだ」と監獄の長が驚き感心したということで終わったことでしょう。けれども、聖書は「主がヨセフとともにおられる」ということが監獄の長にわかったというのです。なぜでしょう?
 それは、ヨセフが常日頃、祈り、また、仕事がうまく運んだ時には、「これは私の手柄ではありません。私とともにおられる主なる神が、私を助けて下さったのです。主に感謝します。」という証ししていたからと考えられます。実際、ヨセフのことばの端々に、神様のことが現れています。例えば、すぐ近くでは8節で料理長と献酌官に夢のことを相談されるとヨセフはいいました。

8**,二人は答えた。「私たちは夢を見たが、それを解き明かす人がいない。」ヨセフは言った。「解き明かしは、神のなさることではありませんか。さあ、私に話してください

また、後日ファラオの前に出されたときにも、同じように41章15節16節で、ファラオから「お前は夢を聞いて、それを説き明かすと聞いたのだが」と持ちかけられると、ヨセフはファラオに応えて「私ではありません。神がファラオの繁栄を知らせてくださるのです」と言っています。ヨセフはいつもこんな調子だったのでしょう。だから監獄の長は、「ヨセフは有能で信頼おける奴だと評価するのにとどまらず、主とかいう神がヨセフとともにいて、ことを成功させてくださるのだ」とわかったのです。

このような姿は、ヨセフの祖父イサク、祖祖父アブラハムの人生を表した場面にもありました。イサクがネゲブのアビメレクのもとに難民のように身を寄せたとき、祖父の一族の暮らしぶりを見たアビメレクは、「私たちは、主があなたとともにおられることを確かに見ました。」(創世記26:28)と言いました。祖父アブラハムにも同じようなことがありました。

ヨセフも、いつも監獄に入れられてもふてくされないで、主に忠実に歩み、ものごとが運ぶのを見て、監獄の長は、「主がヨセフといっしょにいる」と認めたのです。

私たちクリスチャンにも晴れる日、曇る日、雨の日、嵐の日、人生にはいろんなことがあります。けれども、主がともにいてくださる。主がともにいてくださるところはパラダイスです。このことをもう一度私たちは確認したい。

 

2 置かれたところで、花を咲かせなさい

 

 さて、ファラオのそば近く仕える献酌官と調理官が、なにか落ち度があってファラオの怒りを買い、侍従長ポティファルの家に拘留されました。侍従長の家には監禁施設があったわけです。

1**,これらのことの後、エジプト王の献酌官と料理官が、その主君、エジプト王に対して過ちを犯した。2**,ファラオは、この献酌官長と料理官長の二人の廷臣に対して怒り、3**,彼らを侍従長の家に拘留した。それは、ヨセフが監禁されているのと同じ監獄であった。4**,侍従長がヨセフを彼らの付き人にしたので、ヨセフは彼らの世話をした。彼らは、しばらく拘留されていた。

 侍従長ポティファルがヨセフを抜擢し、二人の高官の世話を任せたところを見ると、妻をかどわかそうとしたと言う件で、頭に血が上ってヨセフを投獄したポティファルは、このころには冷静になって、どうもヨセフには非がなかったのかもしれないと考えられるようになっていたように思えます。

 王の機嫌を損ねた二人ののお世話は、一見すると、冤罪で監獄に投じられたヨセフにとって無意味にも見えることです。そんなことをしても、ヨセフの冤罪が晴れるはずもありません。けれども、当座、無意味に見えることであっても、ヨセフは彼らの世話係となったので、主に仕えるように誠実にその務めにあたりました。そのことが、図らずも主の摂理によって、後の日にヨセフの活路が開かれていくことにつながって行きます。

 ところがある日の朝、ヨセフは、目ざとくこの二人の顔色が良くないことに気づきました。彼らの健康を気遣うのも、ヨセフの務めです。そして質問します。7節「なぜ、今日、お二人は顔色がさえないのですか」

 すると図星で、彼らは奇妙な何か意味がありそうな夢を見て、それぞれに悩んでいたのでした。

9**,献酌官長はヨセフに自分の夢を話した。「夢の中で、私の前に一本のぶどうの木があった。

10**,そのぶどうの木には三本のつるがあった。それは、芽を出すと、すぐ花が咲き、房が熟してぶどうの実になった。11**,私の手にはファラオの杯があったので、私はそのぶどうを摘んで、ファラオの杯の中に搾って入れ、その杯をファラオの手に献げた。」

 献酌官の見た夢は、彼が三日のうちに宮廷に復帰することになるということを意味していました。嬉しい夢です。・・・他方、料理官長の見た夢は、彼が三日のうちに処刑されてしまうことを意味する夢でした。

 ヨセフは彼らの夢をそれぞれに説き明かしました。献酌官長は宮廷に復帰することになる、と。他方、調理官は処刑されるという説き明かしをして、いっさい水増しせず、その通りになるのです。人の顔色を見ないで、しっかり真理のみことばを伝えました。ここからわかることですが、ヨセフが彼らの世話をしたというのは、単に彼らのご機嫌取りをしたということではなかったのですね。ヨセフは主に仕えるように、誠実に、与えられた隣人に仕えたのです。  そして、預言のとおりのことが、献酌官と調理官に起こったのでした。 

 この監獄において、王に仕える二人の高官の夢を解き明かしたことが、のちに起こってくることの伏線となります。夢を説き明かすことは、神がヨセフに与えた特別な賜物でした。与えられた賜物を置かれた立場で誠実に用いたとき、後に主が道を開いていってくださいました。

  

 「置かれたところで、花を咲かせなさい」ということばがあります。この季節、多くの人が花見に出かけます。函館や静内は有名ですが、苫小牧でも御園町はみごとですし、緑が丘公園の桜並木もずいぶん立派になってきました。けれども、「山桜、花よりほかに知る人のなし」ということもあります。しかし、山奥の花は人が見ていなかったとしても、自分を造ってくださった、造り主である神に向かって美しく花を咲かせています。花ですらそうであるならば、イエス様を信じて神の子どもとされたあなたがどこにいたとしても、神様が見ていてくださいます。置かれた場所が、人の目につくところでも、一目につかない場所であっても、神様に対して忠実にそれぞれ花を咲かせたいものです。エペソ6:6-8

「ご機嫌取りのような、うわべだけの仕え方ではなく、キリストのしもべとして心から神のみこころを行い、人にではなく主に仕えるように、喜んで仕えなさい。奴隷であっても自由人であっても、良いことを行えば、それぞれ主からその報いを受けることを、あなたがたは知っています。」

 

3 恨みの牢獄に閉じ込められず

 

 献酌官はヨセフの夢の解き明かしの通りに、監獄を出ることができました。

 23節「ところが献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。」

 冤罪が晴れ出獄できるかと期待しましたが、ヨセフはなお何年か放置されることになりました。献酌官長が思い出さなかったというのは、自分が出獄できたことで有頂天になって、忘れてしまったからでしょうか。どうも私には、献酌官長はヨセフのことを思い出したくなかったのではないかと思われます。せっかく出獄を許されたばかりなのに、ここで余計なことを王に進言して、またそのご機嫌を損ねたくないということで、忘れたことにしてしまったように見えます。

 これは、ヨセフの危機でした。彼は今度こそ「恨みの獄屋」に閉じ込められる危険がありました。ですが、ヨセフは不貞腐れませんでした。なぜでしょう。主がともにいてくださるというその事実がヨセフの秘訣だったからです

 兄たちに憎まれ、ことばも通じない異国に放り出され、奴隷とされ、悪人のしかけた罠にかけられ、さらに囚人とされ、献酌官には忘れられ・・・といろんなことがありましたが、主がともにいてくださいました。そのインマヌエルの事実には変わりなかったからです。

 たとい人があなたのことを忘れても、主はあなたをお忘れにならないのです。

 そうして主は、準備を終えたら、ちょうど良い時に、思いがけない形でヨセフを暗い監獄から光の中に移してくださるのです。

 

むすび  私たちは、それぞれ職場、家庭、学校、地域、さまざまな環境に置かれています。しかし、主があなたとともにおられます。

 たとえば会社員なら、素晴らしく理解のある上司のもとに置かれたなら、それは幸いです。けれども、手柄は自分のものにし、失敗は部下に押し付けるような理不尽な上司のいる部署に配属されることもありましょう。職場に限らず、家庭でも、学校でも、地域でも、理不尽な人に出会わねばならないことがあります。 

 でも、どこにあっても主に仕えるように、誠実に仕えることです。そのため、今日のみことばから2つのことを心がけたいと思います。

 第一は、クリスチャンであるあなたは、まず毎朝あなたの出会う人々の祝福を祈ることです。神が善い人にも悪い人にも太陽を上らせ雨を降らせるように、善い人のためにも、悪い人のためにも、主の祝福を祈るのです。自分にとって善い人のためにだけ挨拶することなら、異邦人でもしています。

 第二は、地の塩として、神の前に正しく生きることです。主に仕えるように人に仕えるとは、単にご機嫌を取ることではありません。クリスチャンは地の塩です。社会の防腐剤の役割があります。ポティファルの妻が誘惑したとき、ヨセフが拒んだように、あなたが不正に加担しないので、あなたは煙たがられるでしょう。しかし、長い目で見て、あなたは首尾一貫した誠実さによって、信用という大いなる財産を手に入れることになります。そして、摂理の主にもちいられる日が訪れます。

 どこにあっても主がともにおられるーそこに神の国の現実があります。

 

聖歌467

 1 悲しみ尽きざる憂き世にありても 日々主を住まえば 御国の心地す

  ハレルヤ 罪咎消されし我が身は いずこにありても 御国の心地す

 

創世記1章26節:神が「われわれ」と言われたわけ

2026年4月16日 HBIチャペル

神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」Gn1:26

1 「われわれ」である神

 「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。」(申命記6章4節)これは聖書の根本的主張です。ところが、創造の第6日目、最後に人間を被造物の冠として造ってくださったとき、神様は「われわれに似るように、われわれのかたちに」と、ご自分を指して「われわれ」とおっしゃいました。 創世記では、もう一度神様は、3章22節で「神である主はこう言われた。『見よ。人はわれわれのうちのひとりのようになり、善悪を知るようになった。』」 この「われわれ」を私たちはどう理解すべきでしょうか。

 ユダヤ教のラムバンの註解は、<(神は)獣の創造では、「地は生き物を出せ」(24節)と言われた。しかし、人間の創造では、「われわれは創造しよう」と言われた。つまり、われわれとは神と地のことだ>と言います。 しかし、そうすると「われわれのかたち」というのは、「神と地のかたち」と言うことになってしまい、不合理です。

また、アラム語訳「タルグム・ヨナタン」は<神は天地創造の2日目に造られた奉仕の天使たちに言われた、「われわれは、われわれのかたちに、われわれに似せて人を造ろう」。>とあります。 「われわれ」ということばの解釈に苦心惨憺しているのです。

 現代の註解者は、この「われわれ」は王などにおける「尊厳の複数」かもしれないと提案しています。王が語るとき、国民の代表として「われわれ」と語る表現方法だというのです。しかし、尊厳の複数形の場合、名詞を主語とする動詞は単数形であるというルールがあります。ところが、ところが、「われわれは・・・造ろう」という神のつぶやきの「造ろう」は、1人称複数の動詞が使われていて、他方、「神は仰せられた」の「仰せられた(ヴァヨーメール・エロヒーム)」という動詞は3人称単数です。ですから、「われわれ」を「尊厳の複数」であると解釈することには難があります。
 では、この「われわれ」は何を意味しているのでしょうか? 

 

2 聖書の類比

 その個所だけでは不明瞭な箇所を理解するためには、聖書解釈の原則の一つ「聖書の類比」を用いなければなりません。旧新約聖書66巻全体は、一人の著者聖霊による啓示の書ですから、聖書のある箇所が不明であるときには、遠く隔たった他の時代の聖書記者が記した別の聖書箇所においてより明瞭にされている箇所に照らして解釈できます。これを「聖書の類比」といいます。『ウェストミンスター信仰告白』1章9節には次のようにあります。「聖書解釈の誤ることのない基準は聖書自身である。それゆえに聖書のとの箇所でも、その真の十全な意味について疑問があるときは、より明瞭に語っている他の箇所によって調べて知るようにしなければならない。」

 しかし、18世紀合理主義の影響を受けた聖書学者たちは、神は世界を造ったのちは、世界に介入することはない。世界は自律的に動いていると考え、聖書の唯一の著者が聖霊であるという信仰を否定しました。彼らにとって、旧新約聖書66巻は別の時代に別の著者が書いた文書にすぎません。合理主義者にとっては、創世記で分かりにくい箇所を、それから数百年、千数百年隔たった時代に別の聖書記者が書いた書物と照らし合わせて解釈する「聖書の類比」という方法はナンセンスです。彼らにとって「聖書の類比」は古事記を解釈するのに、夏目漱石を照合するようなものです。彼らはある聖書テキストの釈義は、その個所とその巻だけ、せいぜい同一記者の書いた書物の中でなすべきであり、他の記者による他の巻を参照するのはナンセンスとされます。

 しかし、使徒たちも古代教父の宗教改革者もそしてイエス様ご自身が、ひとりの著者聖霊がさまざまな時代に、さまざまな記者を用いて聖書66巻を啓示したと信じています。「聖書はすべて神の霊感による」(2テモテ3:16)とある通りです。ですから、とりあえずの釈義の目標はまず執筆者が第一の読者に伝えようと意図したことをその前後の文脈から読み取ることですが、それが不明瞭な場合は、聖書の別の記者による他の巻をも参照して解釈できるのです。これが「聖書の類比」です。この方法で創世記1章26節で、神が「われわれ」とおっしゃった意味を理解を深めてまいりましょう。

 

2 「われわれ」の意味

(1)箴言8章「知恵」

  まず聖霊はこの「われわれ」の意味を箴言8章であきらかにされました。ここで「知恵(ホフマー)」と呼ばれる人格的存在が世の始まる前に神のもとにおられ、神とともに万物の創造に携わったという記事が出てきます。

1**,知恵は呼びかけないだろうか。英知はその声をあげないだろうか。(中略)

22**,主は、ご自分の働きのはじめに、そのみわざの最初に、わたしを得ておられた。**

23**,わたしは、大昔に、初めに、大地の始まりの前に、立てられていた。**

24**,まだ深淵もなく、水のみなぎる源もなかったとき、わたしは生み出された。

25**,山が立てられる前に、丘より先に、わたしは生み出された。**

26**,主がまだ地も野原も、世界の最初のちりも造っておられなかったときに。

27**,主が天を堅く立てられたとき、わたしはそこにいた。主が深淵の面に円を描かれたとき、

28**,上の方に大空を固め、深淵の源を堅く定められたとき、**

29**,海にその境界を置き、その水が主の仰せを越えないようにし、地の基を定められたとき、

30**,わたしは神の傍らで、これを組み立てる者であった。わたしは毎日喜び、いつも御前で楽しんでいた。**

31**,主の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ。

 

 ですから、神が創世記1章で「われわれ」と言われたのは、神がそばにいる「知恵」に向かって呼びかけたのだとわかります。では、「知恵」とは誰のことでしょう?

 

(2)イザヤ書9章6節「不思議な助言者」

 第二に、エイレナイオスは『使徒たちの使信の説明』という書物で、創世記1章26節について、「父は、父の不思議な助言者としての子に語りかけているのである」と述べています。つまり、メシア預言イザヤ書9章6節の「不思議な助言者」とは、父なる神に助言をしたお方、神の御子であるとしています。

6**,ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

 

(3)ヨハネ福音書17章と1章1~3節 

 そして、聖霊は新約聖書において、すべて明かにされます。私たちは創世記1章26節で神が「われわれ」とおっしゃったのは、唯一の神様ご自身のうちに父・子・聖霊という三つの人格があり、御子が万物の創造にかかわったからなのだとわかります。イエス様は、この世界が存在する前に、父なる神様と愛の交わりをもっておられて、ともに栄光に輝いておられたということ、を、最後の晩餐の席上のいわゆる大祭司の祈りのなかで父に向って話しておられます。

ヨハネ17:5「父よ、今、あなたご自身が御前でわたしの栄光を現してください。世界が始まる前に一緒に持っていたあの栄光を。」

このイエス様の祈りを、記者ヨハネは思い起こしつつ、福音書の冒頭で「はじめにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、はじめに神とともにおられた。」と表現しました。そしてヨハネ1:3は、ロゴスによって万物が造られたと語ります。 「すべてのものは、この方(イエス)によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもなかった。」ここを書いたとき、ヨハネが創世記1章26節の「われわれ」と箴言8章の「知恵」を意識していたことは明らかでしょう。

 

(4)コロサイ1章15,16節

さらにパウロは、コロサイ書1章16節で使徒ヨハネと同じように、御子が万物の創造に携わったことを宣べています。

「なぜなら、天と地にあるすべてのものは、見えるものも見えないものも、王座であれ主権であれ、支配であれ権威であれ、御子にあって造られたからです。万物は御子によって造られ、御子のために造られました。」

と言われています。

 以上のように、神が、万物の創造にあたって、ご自分をさして「われわれ」とおっしゃる意味は、創世記がモーセに啓示された時点では謎でした。記者モーセ自身、その意味がよくはわからなかったでしょう。しかし、その謎は啓示の歴史の中で徐々に明らかにされて行きます。聖書の唯一の著者である聖霊は、神が呼びかけた相手は、箴言8章の「知恵」、イザヤ書9章6節の「不思議な助言者」、そして、ヨハネ福音書1章の「はじめにあったことば」、コロサイ1章15,16節「神の御子」キリストであることを、開示なさったのです。

 

結び 神は唯一であり、愛である。

 本日のメッセージの第一は、聖書釈義に関することです。旧新約聖書66巻が一人の著者である聖霊による啓示であることを否定する近代聖書学の影響を受けて「聖書の類比」を否定することの背後には、無自覚であっても実は理神論的・自然主義的前提が働いているのです。
 私たちは生ける神を信じる有神論者です。聖書の神は生ける神であり、この世界に働きかけ啓示を与えるお方です。聖霊は旧新約聖書66巻すべてを啓示なさいました。ですから、釈義においてまずは特定の聖書箇所をその文脈を正確に把握することに努めることは大切ですが、それだけでは不明瞭な場合、視野を聖書66巻全体に視野を拡げて、「聖書の類比」を用いて解釈をすることが正しい方法です。つまり、生ける神が聖書全巻を調和的に啓示されたことを受け入れた方法なのです。 

  本日のメッセージの第二。それは、唯一のお方が、「われわれ」とおっしゃるわけは、神ご自身のうちに豊かな愛の交わりがあるからです。父と御子とは聖霊において、愛の交わりをもっておられるのです。ヨハネ福音書17章24-26節。

 24**,父よ。わたしに下さったものについてお願いします。わたしがいるところに、彼らもわたしとともにいるようにしてください。わたしの栄光を、彼らが見るためです。世界の基が据えられる前からわたしを愛されたゆえに、あなたがわたしに下さった栄光を。**

25**,正しい父よ。この世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っています。また、この人々は、あなたがわたしを遣わされたことを知っています。

26**,わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。あなたがわたしを愛してくださった愛が彼らのうちにあり、わたしも彼らのうちにいるようにするためです。」

 

 聖書は神は唯一であると教え、かつ、神は愛であると教えます。神は絶対者です。絶対者であるということは、匹敵する者のいない唯一のお方であるということと同義です。

 同時に神は愛です。真の愛とは、自己愛ではなく他者に注がれる愛です。唯一の神の内には、愛を注ぐ相手があるのです。それはつまり、父と御子の愛の交わりです。古代教父は、愛する者、愛される者、そして両者を結ぶ愛として、三位一体を味わいました。聖書は「神は愛である」と語ります。唯一の神が愛であることは、神が三位一体ということと、きわめて緊密な関係があります。神による世界創造は神の愛のわざであり、格別、ご自身の似姿として造られた人間は、神の愛の結晶なのです。

神は創造主である

創世記1:1-2:3

2026年4月9日HBIチャペル

1 神は万物の創造主である

1**,はじめに神が天と地を創造された。

 聖書釈義の当面の目標は、聖書記者が想定した第一の読者に伝えようとしたメッセージを読み取ることです。著者モーセが最初の読者、聴衆として意識していたのは、エジプト脱出を果たして間もないイスラエルの民でした。彼らはヨセフの時代からおよそ400年間、多神教の国エジプトに暮らしていました。古代エジプトでは、ありとあらゆる物を神々として崇めていました。イスラエルの民がその影響を受けないはずもなく、彼らはアブラハムをお選びになった神のことを先祖から伝え聞いていたでしょうが、エジプトのさまざまな神々をも拝むようになっていました。ですから、シナイ山の麓で金の子牛を拝むという間違いを犯してしまいます。

 このようなエジプト脱出から間もない民に対して、創世記1章はエジプトで神々として崇められていたものは、すべて創造主である神の作品であると教え、創造主こそ崇められるべき唯一のお方であると告げているのです。

 創造のプロセスを見ると、第一日は光、第二日は大空、第三日は大陸と陸上植物、第四日は太陽と月と星々、第五日は海の生き物と空飛ぶ生き物、そして、第六日は陸上の昆虫・爬虫類・哺乳類、そして最後に人間という順序ですが、これらすべてのものは彼らが住んでいたエジプトにおいて神々として崇められていたのです。天空の神はヌトといい、大地の神はゲブと言いました。海の神はヌンと言い、ナイル川の神はハピ、太陽の神はラーと言い、月の神はトートと言いました。魚の姿をした女神ハトメヒト。カバの神はタウレヒト、フンコロガシはケプリと崇められました。そしてエジプトのファラオは現人神とあがめられました。

 しかし、モーセは、イスラエルの民に対して、「エジプトにいたとき、神々として崇められていたこれらのものは、ことごとく被造物であって神々ではない。礼拝すべき神は創造主のみだと告げるのです。日本で拝まれている神々もすべて被造物です。ただ創造主のみが礼拝されるべきお方です。

 

2 創造の特徴

 次に創造のわざの特徴について見ましょう。紀元前18世紀のバビロニア神話エヌマエリシュの冒頭と比較することで、聖書における神の創造の特徴を明らかにしてみます。ある学者たちは、創世記の創造記事の起源はバビロニア神話エヌマエリシュにあるのだ主張します。彼らは、新改訳2017が「茫漠として何もなく(トーフー・ワ・ボーフー)」と訳したところを、「混沌」と訳しています。しかし、実際にエヌマエリシュをつぶさに読んでみれば、創世記の記事とは異質のものです。

上にある天は名づけられておらず、下にある地にもまた名がなかった時のこと。
はじめにアプスーがあり、すべてが生まれ出た。
混沌を表すティアマトもまた、すべてを生み出す母であった。
水はたがいに混ざり合っており、
野は形がなく、湿った場所も見られなかった。
神々の中で、生まれているものは誰もいなかった。」

 神が永遠であること、神が唯一であること、神の創造の方法という3つの点で、聖書の神は異教の神々とは違います。

(1)神は永遠である

 エヌマエリシュ神話では、「上にある天」と「下にある地」が最初から存在していて、そこにアプスーという淡水の男神、ティアマトという塩水と混沌の女神が生まれて来ます。天と地という舞台が永遠であって、神々は永遠ではありません。エヌマエリシュは、聖書ではなく、むしろギリシャ神話や日本の古事記の創世神話に似ています。そこに先に天地があり、あとで神々が誕生するのです。

 これに対して、聖書では、その冒頭で、 「1はじめに神が天と地を創造された。」と宣言します。天地が存在する前、永遠のはじめから、神は存在しているのです。

(2)神は唯一である

 エヌマエリシュ神話では、淡水の男神アプスーと塩水と混沌の女神ティアマトがいて、この夫婦が性行為と戦いによって、諸々の神々、怪物が生まれて来たと教えています。

 これに対して、聖書に啓示された天地の創造主は、唯一のお方であると啓示しています。

(3)神は御霊とことばによって世界を創造した

 エヌマエリシュ神話では神々による世界創造は、2段階になっていて、第一段階は淡水の男神アプスーは混沌と淡水の女神ティアマトと性行為と、そのあと、混沌の女神ティアマトが克服されることによって、秩序ができてきたと言います。

 これに対して、聖書は、真の神は、混沌と戦ったのではなく、世界に神の霊と神のことばによって、秩序を与えたのだ啓示しています。

2**,地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあり、神の霊がその水の面を動いていた。

3,神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。6,神は仰せられた。「大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ。」9,神は仰せられた。「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ。」すると、そのようになった。

創造に携わった神の霊は聖霊であり、神のことばは後に人となって来られるキリストです。

 

3 人間の創造と任務

(1)神のかたちにおいて

 ところで、創造主なる神はどのようなお方であると聖書は告げているでしょうか?聖書は、神について啓示するのに、例えば「神は善である」とか「神は義である」というふうに表現するよりも、神の具体的行動をもって表現することが多いのです。

 1節から5節における神の行動を表現することばを拾い上げて見ましょう。まず1節に「創造された」、3節「仰せられた」、4節に「よしと見られた」、「分けられた」、5節に「名付けた」とあります。

 神は創造したり分けたりする行動力と意志があり、ことばを語り、名前を付ける知性があり、よしと満足なさる感情があります。つまり、創造主である真の神は法則のようなものではなく、生ける人格的な存在だということです。

 神が創造し、言葉を話し、よしと見て、名づける、知性と感情と意志を備えた人格であるというと、「ああ、神様は人間と似ているなあ」という感想を抱く人がいるかもしれません。たとえば、ゼウスとかアポロンとか、天照大神などは人間に似せて造られた多神教の神々です。

 しかし、聖書の神は「いやいやそうではない。君たち人間が、わたしに似せて造られたのだ」とおっしゃるのです。神様は、世界を六日間にわけて段階的に創造なさったあと、人間を最後の被造物の完成として、創造なさいました。次のように書かれています。

26**,神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」27**,神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。

 私たち人間が、言葉を話し、よしと見て、名づけ、物を作りだしたりするのは、私たちが真の神に似た者として造られたからです。私たちが、知性と感情と意志とをそなえた人格であるのは、神が私たちをご自分に似せて造ってくださったからです。神が人間になぞらえられたのではなく、私たち人間が神になぞらえて造られたのです。詩篇94篇に9節に「耳を植えつけた方が聞かないだろうか。目を造った方が見ないだろうか。」とあります。神には耳も目もあります。人間は肉体の不完全な耳で聞き、不完全な目で見ますが、真の神は霊の完全な耳ですべてを聞き、完全な霊の目ですべてをご覧になります。

(2)人間の任務

 創造主なる神は私たち人間をご自分になぞらえて造ってくださいました。その目的は、「海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配」させることです。消極的には、エジプトでは、人間たちが魚を拝んだり、空の鳥を礼拝したり、家畜である牛を神々と祭り上げて礼拝していたが、神のかたちにおいて造られたあなたがたはこれらの奴隷となって拝むのでなく、これらを支配し、管理しなければならないと言われるのです。言い換えれば、「世界の被造物を神の御心に従って治め、神の王国を建設しなさい」ということです。

 主イエスが、福音宣教を始めるときに宣言されたのは、「悔い改めて、福音を信じなさい。神の王国が近づいたから。」ということでした。御子イエスは、被造物の奴隷となっている私たちを解放し、私たちを自由な王とし、神の王国を実現するためにこの世に来られたのです。

真の造り主を見失った結果、人間は、被造物を神々に祭り上げ、被造物の奴隷状態に陥っています。現代日本の人々の殆どは無宗教で、ほとんど偶像崇拝もせず、「私の人生はわたしのもの。神など要らない。」とうそぶいています。では現代人は、自由な王でしょうか。いいえ実際には、金銭の奴隷、会社の奴隷、ギャンブルの奴隷などになっているではありませんか。実は、すべての人は、サタンにたぶらかされてまことの神の支配を拒んだ結果、サタンの奴隷となっています。サタンは肉の欲、目の欲、虚栄心という邪な欲望を操って、現代人を奴隷にしているのです。

 御子イエスは、十字架と復活によって、罪と死とサタンという敵に勝利されました。そして私たち信じる者を罪と死と悪魔から解放し、真の神に仕えることによって、被造物を正しく治める自由な王として召してくださったのです。

 

適用

創造主は、人間をご自身の似姿として造ることによって、神の代理者として、被造物世界にご自身のみ旨を実現し、神の王国を建設することを計画なさいました。

しかし、サタンは、アダム以来人間をさまざまな神々によって欺いてきました。あからさまな偶像ではなくても、真の神からこころを逸らさせる被造物、それらはすべて偶像です。

御子は十字架と復活の福音によって、私たちをサタンの支配から救い出し、被造物の支配、欲望の支配から解放してくださいました。被造物に支配されるのでなく、被造物を支配する王にしてくださったのです。私たちに、「みこころが天で行われるように、地でも行なわれるため」に、つまり、神の王国の建設のために地の相続人としての務めを与えてくださったのです。

 被造世界を治める王となるのか、被造物の奴隷となるのか、道は二つに一つ。 私たちは、神の王国のキリストとの共同相続人として、神のみこころが地に実現するために、キリストを主として生きていきたい。

 

 祈り 「御国を来たらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。」

王の戦い―2026年受難週主日礼拝—

1 イエスの戴冠式

  マルコ福音書では、イエス様は王として描かれていて、冒頭に預言者イザヤのことば「主の道を用意し、主の道をまっすぐにせよ」とあります。これは「王の御幸にそなえて道普請をせよ」という布告です。イエス様は「時は満ち、神の王国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」と宣言して、宣教を始めました。

 そして、本日お読みした箇所はイエス様が戴冠式をして、ゴルゴタでの罪とサタンと死との戦いに赴く場面です。

 マルコ15:15-19

「15,それで、ピラトは群衆を満足させようと思い、バラバを釈放し、イエスはむちで打ってから、十字架につけるために引き渡した。16,兵士たちは、イエスを中庭に、すなわち、総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。17,そして、イエスに紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、18,それから、「ユダヤ人の王様、万歳」と叫んで敬礼し始めた。19,また、葦の棒でイエスの頭をたたき、唾をかけ、ひざまずいて拝んだ。

 イエス様はひどく鞭で打たれて、すでに憔悴なさっていました。兵士たちは、その傷ついたからだに紫の衣をまとわせ、頭には黄金の冠でなく茨の冠を押し付け、手には頑丈な鉄の王杖でなく葦の王杖を持たせました。そして、「ユダヤ人の王様、万歳」と繰り返して敬礼しました。そして、葦の杖を取り上げてイエス様の頭をたたきました。考えて見れば、これは王の戴冠式です。

 イエスの罪状書きには「ユダヤ人の王」とありました。しかし、ローマ兵にとっては、こんな弱々しい男が王を名乗ったと訴えられていることが滑稽でした。ローマ兵にとって、王とは輝かしく尊大で、権力を振り回し、己の満足のために千人、二千人の人の命を奪っても、なんとも思わないような存在でした。

 しかし、彼らの目の前のイエスの姿は、輝きなどまるでなく、ポキリと折れてしまう傷ついた葦のようです。イエスは耐え難いむち打ちや侮辱にも、声を荒げてその不当な扱いに抗議すらしません。この世の王は「朕は国家なり」とか「わたしが最高権力者だ」と、力を誇示して周囲を威圧する者ですが、イエスは、自らが仕える者、しもべとなり、民の救いのために命を与える王なのです。イエス様は以前おっしゃいました。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」マルコ 10:42-45

 この戴冠式は悪意あるローマ兵たちが催したものでありながら、実は、父なる神がご摂理によって、罪と死とサタンとの戦いに臨もうとする王イエスのために整えられた式でした。神に背く傲慢なサタンと罪の戦いにあたって、王イエス・キリストは正反対に遜りのきわみの姿を取られたのです。

 

2 王イエスは進んで苦しみを担われた

(1)クレネ人シモン

  イエスは十字架につけられるために、処刑場であるゴルゴタの丘へと連れ出されます。鞭で赤黒く染まった背中にはずっしりと重い荒木の十字架。ピラト官邸からゴルゴタに行くドロローサの道は、だらだらと登る石畳の階段の細い道です。主イエスは、十字架を背負って群衆の怒号のなかを、一歩一歩石畳を踏みしめて登って行かれます。

けれども、昨夜来一睡もしておらず、鞭で主イエスは憔悴しきっていました。そのせいでしょうか、石畳でつまずくと十字架の下にどさりと倒れ臥すと、起き上がれなくなってしまいます。

ローマ兵は「立ち上がれ」とイエスをさらに鞭打ちますが、もはや立ち上がるだけの力がありません。そこで、兵士は周囲を見回して、イエス様を気の毒そうに眺めている一人の男に目を留めました。「貴様が、こいつの十字架を背負ってやれ」と命じます。マルコ15:21「兵士たちは、通りかかったクレネ人シモンという人に、イエスの十字架を無理やり背負わせた。彼はアレクサンドロとルフォスの父で、田舎から来ていた。」

 クレネ人シモンの「クレネ」とは今のリビアです。彼はこの過ぎ越しの祭りにやってきた巡礼ですが、犯罪人の十字架を背負ってやらねばならないはめに陥ったのでした。「いやいやとんでもない」と抵抗するシモンでしたが、兵士たちは無理やりイエスの十字架を背負わせます。礼拝のためにまとった一張羅は、イエスの血で汚れてしまいます。

 しかし、この無理やり背負わされた十字架は、最初はいやいやであっても、後に、惠みへと変えられ彼もイエスを信じる人となります。それを示すため、初代教会の指導者アレクサンデルとルポスは、シモンの息子だと付記されています。

 

(2)あえて最大の苦しみを

 シモンはいやいや十字架を背負いましたが、主イエスはどうでしたか。「彼らはイエスを、ゴルゴタという所(訳すと、どくろの場所)に連れて行った。彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒を与えようとしたが、イエスはお受けにならなかった。(マルコ15:22,23)とあります。「没薬」とは麻酔薬でした。十字架刑という、残忍な処刑方法をローマ人たちは考案したものの、死刑囚があまりの激痛にわめくので、いささかでもその苦痛を和らげるための工夫として、没薬をまぜた葡萄酒を飲ませることになっていたのです。

 ところが、イエス様は、少しなめてみてこれがその麻酔薬であるということを知ると、あえてそれを飲もうとはされませんでした。なぜか。イエス様は苦しみを十分に受けようと心に定めておられたからです。骨を刺し通されて磔にされる激痛を、十字架が立てられると腕の肉が引き裂かれる激痛を、肺が押しつぶされる苦しみを、心臓が張り裂ける苦悶を、イエス様ははっきりと意識してあえて経験することを覚悟しておられたのです。

 誰があえて苦しみを選び取るでしょう。少しでも楽になりたいと思うのが人情です。でも、王なるキリストはあえて、最も苦しい道を選びました。なぜでしょうか。私たちを罪の呪いから贖いだすための苦しみに、少しでも欠けがないためです。ご自分の苦しみによって、一人でも多くの罪人を救うために、イエス様はあえて苦みの道を選ばれたのです。私たちをゲヘナの苦しみから救うために、主はゲヘナに等しい苦しみを、あえて担われたのです。

 

(3)最大の侮辱を受けて

 ゴルゴタの丘には、イエス様の十字架のほかに二本の十字架が立てられていました。特別に凶悪な犯罪者のみに適用されるのが十字架刑でした。罪ひとつない神の御子が強盗と同じように、同じ処刑をされるとはなんという不条理でしょうか?哲人ソクラテスはアテネの裁判で死刑と定められましたが、自ら毒杯をあおぐという尊厳を認められた処刑方法が取られ、他の凶悪犯と同じ扱いはされませんでした。なのに、聖なる神の御子である王イエスは、なんと強盗と同じ最も恥辱に満ちた方法で処刑されねばならなかったのです。

マルコ 15:27

 「彼らは、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右に、一人は左に、十字架につけた。」

 しかし、これもまた神のご計画でした。旧約聖書イザヤ書53章には、メシヤは悪者どもとともに処刑されることが預言されていました(イザヤ書 53:9)。メシヤは、英雄や殉教者の尊厳ある死ではなく、あたかも犯罪者のような呪われた処刑のされ方をされなければならないと、定められていたのです。「木にかけられる者はみな呪われたものである。」(ガラテヤ3:13)

 なぜですか。万物を創造された神は栄光を受けるべきお方です。ところが、人類の代表アダムはサタンの「あなたは神のようになれるのですよ」という誘惑にあって、神に叛逆し、神の栄誉を奪いました。そこで、神の御子イエスは第二のアダム(第二の人類の代表)として、神に徹底的に服従し、十字架にまで従い、神に栄誉を帰することをもって、私たちの罪を償われたのです。神のようになろうとして堕落したアダム、人として十字架にまで従って、神に栄誉を帰したキリストは対照的です。

 

3.十字架の下の無知な人間

 では、イエス様が十字架の上で苦しみを忍んでおられる最中、十字架の下の人々は、何をしていたのでしょう。兵士たちは無造作にイエス様を十字架に押し倒してその両腕と足に犬釘を打ち付け、激痛が主イエスの全身に走ります。けれども、兵士たちは面白半分に、くじ引きをしてイエスの着物を分けました。

マルコ15:24

「それから、彼らはイエスを十字架につけた。そして、くじを引いて、だれが何を取るかを決め、イエスの衣を分けた。」

 しかし、この出来事もまた、父なる神の配剤のもとに起こったことでした。旧約聖書の詩篇22編というメシヤ詩篇に克明に予告されています。

詩篇 22:17-18

 「私は、私の骨を、みな数えることができます。彼らは私をながめ、私を見ています。

 彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。」

 さらに、十字架の下の道行く人々は、イエス様をさんざん罵り、嘲りました。

マルコ15:29-32

 「通りすがりの人たちは、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おい、神殿を壊して三日で建てる人よ。十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」

 同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを嘲って言った。「他人は救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王に、今、十字架から降りてもらおう。それを見たら信じよう。」また、一緒に十字架につけられていた者たちもイエスをののしった。」

 彼らがイエス様に向けた嘲りには共通点があります。「神の子なら、自分を救え。」とか「イスラエルの王なら今十字架から降りて来い。」というのです。このことばには、私たち人間が求めがちな王のイメージが現れています。この世の求める王とは、権力や軍事力や財力で敵をねじ伏せ殺し、民の肉の欲や虚栄心を満たしてくれるヒーローでしょう。

 ところが、神が遣わされたほんとうの救い主なる王は、そういう王ではなかったので、人間には期待はずれだったのです。「十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」(30節)ということばは、言い換えると、「イエスよ。おまえは俺たちにとって期待はずれの王だ。俺たちの肉の欲、目の欲、虚栄心を満足させてくれない役立たずだ」と罵っているのです。

 

 しかし、神の目から見るとき、人は幸福に追い求めながら、なにが幸福なのかを知りません。テレビなどのCMは、「食欲や性欲といった肉の欲を満たし、面白可笑しいものを見たいという目の欲を満たし、高級車だ家だと虚栄心を満たしたら、あなたは幸福になる」と宣伝しています。ところが、どれほどこれらの欲を満たしても、人はいつまでも満たされることはありません。これらの欲を満たしたソロモンはつぶやきました。「空の空、すべては空だ」と。

 人は自分の不幸の本当の原因を知りません。神から見ると、人の不幸の根本的原因は、まことの神を神としない傲慢な罪です。生まれながらの人は、神と断絶し、サタンの支配下にあります。王なるイエスは、私たちをその罪から贖い出し、サタンから奪い返すために、ご自分から十字架にかかって、すべての呪いを引き受けました。

 

結び 

 「あなたは神のようになれる」というサタンの誘惑に敗れ堕落したアダム以来、すべての人は神を押しのけて、自分を中心とする傲慢の罪に陥りました。人間は自己中心になって、他者に仕えることより、他者に仕えられることのみを求めるようになりました。結果、社会にも家庭にも、争いと憎しみが絶えることがなくなりました。

 そこで、神の御子キリストは、父のみこころに従い、へりくだって人間の姿をして来られ、十字架の死にまでもしたがって、罪と死とサタンと戦いに勝利して、神に栄光を帰したのです。そうして主イエスは私たちの恥を受け取り、ご自分の栄誉を私たちに与えてくださったのです。敗北に見えた十字架は、王の勝利だったのです。十字架の王イエスは、力ではなく、へりくだりによって勝利されたのです。

主がこれほどまでに私たちを愛してくださったのです。私たちが主に身をささげることは当然ではないでしょうか。世の人と同じように、これまでは自分の肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢を満足させるための生き方を捨て、自分の十字架を負って、つまり、自分の欲に死んで、主にお仕えする人生を歩むべきではないでしょうか。主イエスは自ら進んでゴルゴタへの道を行かれました。主イエスは、あなたにもおっしゃいます。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」マタイ16:24

 

セムからアブラムへ

創世記11章10-32節

 

1 セム系図の特徴

 

 聖書記者が系図を通して伝えようとしたことを正しく捉えるための注意点は、いつも申し上げることですが、それぞれの特徴を捉えることです。まず10節から26節のセム系図には2つの特徴があります。

(1)寿命が縮んでいく

 第一の特徴は10節から26節を見て気づくことは、寿命が急速に縮んでいるということです。セムは600年、アルパクシャデは438年、シェラフは433年、エベルは464年、ペレグは239年、レウは239年、セルグは230年、ナホルは148年となっています。大洪水の前の系図を見ると、人間の寿命はおおよそ900年が普通でした。

 これは大洪水の前に、神が仰せになったことばが現実になっていることを記録しているのです。神は大洪水の前6章3節で、「わたしの霊は、人のうちに永久にとどまることはない。人は肉にすぎないからだ。だから、人の齢は百二十年にしよう。」とおっしゃいました。

 寿命を縮めることは、神の堕落しきった人類に対する裁きですが、同時に、あわれみでもあります。人間が900年も生きていた大洪水以前、人類は全く目も当てられないほど堕落しきってしまったのでした。初めて万引きをするときには、心臓がバクバクするのが、3回、5回、10回、50回、百回と繰り返すうちに何も感じなくなる。それどころか、万引きをゲームのように楽しくなってしまう。盗みにかぎらず、人殺しでも罪を繰り返すうちに良心が腐って来てしまい、人はだんだん悪魔のようになってしまいます。それを防ぐため、神は人間の寿命を短く制限されました。そういう意味で、寿命が制限されたことは裁きであり、かつ、あわれれみでした。

 

(2)テラ、アブラハムにつながる

 この系図の第二の特徴は、これはセム族からアブラハムが登場を告げるための系図であるということです。まずセムからテラへつながり、そして、テラはアブラムの父です。大洪水のあとバベルの塔の出来事があったけれども、ここでは大洪水のときに生き残ったノアの三人の息子のうちセムだけが取り上げられているのはアブラムを登場させるために他なりません。

 バベルの塔の出来事によって、人類は言語が分かれてたくさんの民族にバラバラに分裂してしまいましたが、アブラム(後のアブラハム)によってイスラエル民族が登場し、その中からイエス・キリストが登場し、イエス・キリストにあって、一つの神の国、神の民、聖なる公同の教会が形成されるのです。

 人類は神に対して反逆し、それに対して大洪水のさばきがあって寿命が縮められ、また、バベルの塔におけるさばきがあったのです。しかし、神は人間を決してお見捨てになりませんでした。滅ぶべき人間の歴史の中に救い主キリストを遣わす準備を始められるのです。

 

2.アブラムの父テラの系図

 

 続いて、26節から32節です。

(1)系図   カット 

(2)海港都市ウルの繁栄と滅亡

 26節でイスラエル民族の父アブラムというきわめて重要な名が聖書に初めて登場します。彼はイスラエル民族の始祖にあたる人物であり、新約聖書では「信仰の父」と呼ばれます。イエス・キリストアブラハム系図のうちに誕生します。

 テラは70年生きて、アブラムとナホルとハランを生んだ。

 アブラムの父はテラでした。テラを族長とした一族は、31節にあるように、カルデアの大都市国家ウルに住んでいました。カルデアのウル、ペルシャ湾に臨むこの町は、歴史上有名な古代都市です。現在発掘されているウルはユーフラテス川が上流から運んできた土砂が蓄積して少々内陸に引っ込んでいますが、3000年前の当時は、ペルシャ湾に臨む海港都市として非常に栄え、当時世界最大の都市国家でした。

 紀元前三千年紀にはすでにウル第一王朝が始まっていて、テラやアブラムが住んでいた紀元前2000年頃はウル第三王朝の時代でした。

 当時、ウルの人口は6万5千人。街の中央にはかのバベルの塔を模したジッグラトが聳え立ち、その頂には月の女神シンを祀る神殿がありました。アブラムの父テラもこの偶像の神を拝む人であったとヨシュア24章2節に記されています。

「あなたがたの父祖たち、アブラハムの父でありナホルの父であるテラは昔、ユーフラテス川の向こうに住み、ほかの神々に仕えていた。」とあります。

 発掘者のレポートによれば、ウルの街は都市計画によって、商業地区、職人地区などに区分けされており、大通りと狭い路地があり、人々の集まる広場もありました。治水設備もあり、神殿、宮殿、個人の家々からは数万に上る粘土板に楔形文字で記された経済および法律文書が収蔵されていました。重要な建物はレンガ造りで、町全体は同じくレンガで造られた高さ8メートル、幅約25メートルの城壁に囲まれていました。また、ウルでは奴隷、農民、職人、医者、書記、神官などからなる階層があったそうです。

 

(2)テラとその息子たち 

 アブラムはそういうわけで、もともと都会人だったわけです。当時の世界で最も繁栄した都市国家ウルで生まれ育ち、仕事をしていたわけです。

 ところが、歴史書をひもとくと、紀元前2004年頃エラム人が東南のイラン高原から攻め込んできて戦争となり、この当時世界最大の都市国家ウルは滅亡してしまったことがわかっています。ちょうどこの時代にテラの一族はウルに住んでいたのです。聖書のテラ一族の記録には、このウルが滅亡に至る戦争について触れていませんが、一つの悲しい出来事が記されています。

 27テラはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。ハランはロトを生んだ。28ハランは父テラに先立って、親族の地であるカルデア人のウルで死んだ。 

 もしかすると、三男坊のハランの死とエラム人との戦争が関係しているのかもしれません。息子に先立たれるという悲しみを、アブラムの父テラは経験しました。また、息子のいないアブラムは、早く死んだ弟ハランの息子ロトをわが息子のようにかわいがり、ロトはロトでアブラムを父親代わりのように慕うようになります。

 続いて29,30節には、テラの三人の息子たちの結婚のこと、そして、アブラムの妻サラが不妊の女であったことが触れられています。サラが赤ちゃんを産めないからだであった事実は、この後、アブラムの生涯と彼に対する神の約束と深くかかわってきます。

 

(3)約束の地へ旅立つ

 そして、31節
31**,テラは、その息子アブラムと、ハランの子である孫のロトと、息子アブラムの妻である嫁のサライを伴い、カナンの地に行くために、一緒にカルデア人のウルを出発した。

 なぜテラとその一族はウルを出発したのでしょうか。それには先に紹介したエラム人のウル攻撃と2004年の滅亡、そしてテラの三男坊ハランの死という悲しい出来事が背景としてはありました。

 エラム人の攻撃が激しさを増す状況下、テラは一族の命をあずかる族長として重大な決断を迫られることになります。このウルの城壁内に留まってエラム人と戦うのか。もし、それでこのウルがエラム人の手に落ちてしまったら、たとい生き残ったとしても、新しい支配者エラム人によって自分たちは奴隷の身分に落とされてしまうでしょう。テラは悩みました。

 

 そうしたとき、テラは長男のアブラムが、「お父さん。お話があります。」と言いました。「なんだ?」と聞けば、息子は「私は主なる神の声を聞きました」と言うのです。使徒の働き7章2、3節でステパノのことばに、「私たちの父アブラハムハランに住む以前、まだメソポタミアにいたときに、栄光の神が彼に現れ、『あなたの土地、あなたの親族を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。』と言われました。」とあります。神のことばを聞いたのはテラではなく、アブラムでした。ですがアブラムは親族を置いて自分だけが出かけるのでなく、父テラに「お父さん。わたしは神の御声を聞きました。神の約束の地、カナンにまいりましょう」と進言したと推測されます。

 そこで、テラは決断をします。「さあ、我々は住み慣れたウルの町ではあるが、座して滅亡を待つよりも、ウルの国を出て、カナンの地に行こうではないか。」と。

 

(4)テラは約束の地に達せずハランにとどまり、そこで死ぬ

 テラは一族郎党を引き連れてユーフラテス川のほとりをさかのぼって行きました。旅程1000kmの長旅です。ようやくユーフラテス川の源流域にある都市国家ハランに到着しました。考古学者たちは、ハランの地を発掘して、見事な遺跡を発見しました。このハランの遺跡からウルと同じくテラが拝んでいる月の女神シンを祀った神殿もありました。

 テラはアブラムに言いました。「アブラムよ、一族が暮らしていくためには、さらにはるかな見知らぬ地カナンまで行く必要はないではないか。ここハランの地で十分だろう。」と言って、ここに留まることを決めてしまったのでした。アブラムとしては不本意でしたが、とりあえず父に従ったのです。

 そうして、テラはこの地で生涯を閉じたのでした。

31**,テラは、その息子アブラムと、ハランの子である孫のロトと、息子アブラムの妻である嫁のサライを伴い、カナンの地に行くために、一緒にカルデア人のウルを出発した。しかし、ハランまで来ると、彼らはそこに住んだ。**

32**,テラの生涯は二百五年であった。テラはハランで死んだ。

 

 ウルの地が危険になってくる状況の中で、一族の長テラは長男のアブラムから「神の約束の地はカナンである」と聞かされ、出発を促されました。そしてテラは族長としてカナンに移住しようという決断をして、一族を率いて行きました。

 けれども、実のところ、テラは息子アブラムが拝む神だけでなく、月の神シンをも拝んでいた二心のテラは単に一族が平穏無事に暮らせる場所を求めていただけでした。アブラムの信じる天地万物の創造主である唯一の神を求めてはいなかったのです。ハランに着いてみれば、ここでもウルの都で拝んだシンの神殿があるではありませんか。それで、テラはこのハランに留まることにしてしまったのでした。テラは、神の御旨に聴きしたがう人生を選択したのではなく、自分たちの生活の都合のために、息子アブラムから聞いた神の召しのことばをつまみ食いをしただけでした。中途半端に彼の生涯は終わってしまったのです。彼は、この世のもので満腹してしまったので、真の神の王国を得ないまま、世を去ってしまったのでした。

 

結び

 神の国を求め始めながら、途中で心変わりして、神の用意された永遠のいのちを得るに至らず、結局滅びてしまう人がいます。妻にさそわれ、夫にうながされ、息子に兄弟に、友だちに誘われて、聖書を読み始めたり、教会を訪ねて見たけれど、中途で投げ出してしまうという方がときどきいます。また、生活上、難題を抱えてイエス様のもとに来て一時期は熱心だけれど、解決が一応つくと、さっさとイエス様を忘れ去ってしまう方がいます。

 種まきの譬えでいうならば、土の薄い所にまかれた種はすぐに芽を出しましたが、日が照り付けるとすぐに枯れてしまいました。神のことばを聴いて、喜んですぐに信じるのだけれど、試練がやって来ると、すぐに投げ出してしまう人です。

 また、茨の中にまかれた種は土は良かったので芽を出し、ある程度育ちましたが、いばらが生え伸びてそれをふさいでしまったので、花を咲かせ実を結ぶにいたりませんでした。この世の欲のせいです。神様とこの世の欲の二心でいるならば、そういうことになります。二人の主人に仕えることはできないのです。

 せっかく主の召しを受け、神の国を求めるチャンスをいただいた私たちは、二心を捨てて、ひたすらに神の国を求めてそれぞれの生涯を全ういたしましょう。主は近いのです。 

 

 

 

 

 

バベルの塔

創世記11:1-9

2,024年月18日 苫小牧福音教会主日礼拝

 

1 移住、レンガの発明

 

11:1 さて、全地は一つの話しことば、一つの共通のことばであった。

 アダム以来人類のことばは一種類でしたが、それがバベルの塔の出来事でことばが分けられたと聖書は告げています。言葉がお互いに通じなくなったために、言葉の通じる者同士が集団を作り、集団ごとに分かれて住むことになり、人類が全世界にひろがりました。創世記10章の民族表にみるノアの子孫たちの広がりは、このバベルの事件が原因であったというわけです。さて・・・

11:2人々が東の方移動したとき(第三版では「東のほうから移動してきて」)、彼らはシンアルの地に平地を見つけて、そこに住んだ。

 とあります。実は、新改訳第三版までは、mikedemは「東のほうから」と訳されていました。日本語訳では、文語訳「東に」、口語訳「東に」ですが、新共同訳「東から」、聖書協会共同訳「東の方から」と見解が分かれています。27種類の英訳聖書を開くと、「東のほうから」と訳すものが12、「東のほうへ」と訳すものが15あります。まあ、半々といったところです。

辞書的にはBDBでは、fromという訳語が筆頭にあります。

 どちらが適切か?結論からいうと第三版の「東のほうから」の方がよかったと思います。理由は二つあります。第一の理由は、2節の「彼らはシンアルの地に平地を見つけて」という表現です。これは彼らがかつて平地のない場所からやって来て、このシンアルの地で平地を見つけたのだということを意味していると理解されます。シンアルの東はイラン高原の山岳地帯であり、西は平坦なアラビア砂漠ですから、東の方から移動してきたと考えるべきでしょう。

 第二の理由は、3節に、「彼らは石の代わりにれんがを、漆喰の代わりに瀝青を用いた」とあることです。これは、彼らがもともと住んでいた地域は石材と漆喰が用いられていたことを示唆しています。漆喰の原料は石灰岩です。西側のアラビア砂漠には石材は乏しいのですが、シンアルの東側はイラン高原はごつごつの岩山で石材は豊かで、石灰岩の産地す。ですから、mikedemは第三版にあったように「東の方から」と訳したほうが良かったでしょう。

 彼らがわざわざイラン高原からシンアルに移住してきたのは、元住んでいた場所が住みにくかったからでしょう。シンアルの地とは、チグリス川、ユーフラテス川に挟まれたメソポタミア下流域です。二つの大河が上流から豊かな栄養を含んだ土壌を運んできて、堆積して出来た土地ですから、農業と牧畜が容易だったので、ここに世界四大文明のひとつメソポタミア文明が生まれたというわけです。

 

シンアルの地は農業にも牧畜にも便利だったので、食料を得ることは東の山岳地帯の谷あいの狭い畑に比べれば格段に容易でした。けれども、不都合なことは石が乏しいので、家を石材を積んで造るということができないことでした。ですが、次のように書かれています。

11:3彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作って、よく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを、漆喰の代わりに瀝青を用いた。

ある日、彼らは粘土が乾くと石のように堅くなることに気づきました。粘土ならシンアルの三角州地帯にいくらでもあります。彼らは粘土を枠に入れて藁をツナギとしてレンガを造ることを発明しました。そして、たくさんのレンガをその地に湧いていたアスファルトを接着剤として積み上げたのでした。神様がくださった知恵で、彼らは家を造り、収穫物を格納しておく倉庫を造りました。

神の恵みによって、広い農地が与えられ、豊かな収穫が与えられ、神に与えられた知恵によって家も倉庫も与えられました。感謝なことでした。ここまではよかったのです。文明の一般恩恵としての側面です。

 

2 天に届く塔を建てよう――傲慢、権力と巨大技術

(1)思い上がり

 しかし、問題は4節の発言です。

11:4彼らは言った。「さあ、われわれは自分たちのために、町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。」

 「自分たちのために」「名を上げよう」という表現に、人間の思い上がりがはっきりと現われています。人間が理性の力で都市文明を手に入れて傲慢になるという現象は、すでにカイン族において現われていました(創世記4章のレメクの歌を参照)。人間は走る力も、腕力も弱く、闘うための牙も爪もありません。ただ頭脳、理性の力が他の動物と比べて格段にすぐれています。その点で人は傲慢になりやすいのです。神に背を向け、自ら築いた文明に恃む傲慢は大洪水でいったん打ち砕かれましたが、バベルで再び出てきたのです。「天」というのは神の住まいと考えられていましたから、「頂が天に届く塔を建て、名を上げよう」というのは、文明力で、われわれは神にまで到達することが出来るのだという人間のおごりの現われにほかなりません。「バベル」という言葉の意味は、「神の門」です。文明の力で人は神々の仲間入りをしようという意味でしょう。

メソポタミアではいくつもの都市が発掘されています。それらの都市の特色は、町の中央部にジッグラトと呼ばれる階段式のピラミッドが位置していることです。ジッグラトはその頂に小さな神殿がある巨大な偶像なのです。これらメソポタミアの諸都市のジッグラトは、最初に建てられた巨大なバベルの塔の記憶に基づいて築かれたものであると考古学者は推定しています。バベルの塔は、人間の文明の誇りの象徴であり偶像です。

 

(2)権力と技術が結びつくとき

 実際に、巨大なジッグラトを造ることが可能になったのは土木技術力があったからだけではありません。このような巨大建造物が実現可能となったのは、当時、強大な権力がシンアルの地に成立していたからです。というのは、ジッグラト建設には、莫大な富と、何十万人もの労働力を組織する強大な権力が不可欠であるからです。バベルには強力な中央集権的な国家体制、強力な王権成立していたのです。

 前の章で、シンアルに現れたニムロデという人物を見ました。彼は「地上で最初の権力者」でした。彼は、チグリス、ユーフラテス川の下流域シンアルの地から始まって、上流域へと進出して版図を拡大してゆき、莫大な富と軍事力とを蓄えて行ったとあります。ニムロデかあるいはその後継者は、自己神格化の象徴がこのバベルの塔でした。

 創世記は、技術には二面性があと教えています。技術が神の意志に服して用いられるならばノアの箱舟のように人類と世界の救いのために用いられるのです。これが第一面。しかし、人間がに反逆して技術を誇るようになるとそれは偶像となって人間社会を混乱に陥れるというもう一面です

 

 現代に目をやりましょう。歴史上、科学的理論の成果を工業規模での技術に統合した初めての例は、マンハッタン計画による原子爆弾の製造でした。原爆製造は、個々の研究所や大学や企業のなしえることではありませんでした。国家主導して、新たな法律を立て、産業界に莫大な資金をもたらし、情報を厳しく統制することによってのみ可能な巨大な事業でした。国家権力と科学技術と産業界が結びついた成果である原子爆弾は、1945年8月6日に広島に投下され、8月9日に長崎に投下され、その年の12月末までに二十数万人のいのちを奪い、さらに、その後も多くの人々が原爆症で苦して殺してきました。

 戦後、核兵器の材料プルトニウムを作るための道具である原発技術は、巨大な利権を生む国家プロジェクトとなりました。何兆円という莫大な費用、学会と経済界・産業界の共同、法律の整備、自治体との折衝、教育界とマスメディアを用いて「原発安全神話」で国民を洗脳して、反対派を黙らせることは、国家権力がかかわってこそ可能なことでした。

 原子に閉じ込められた莫大なエネルギーを取り出して発電に、また戦争に用いるのは、あたかも地球上に太陽を作り出すような技術です。人類の科学技術の誇りです。しかし、それは取り返しのつかない悲惨と混乱をもたらすことを、私たちは広島・長崎として福島で見たのです。

 しかもなお、人類は核兵器の脅威に怯えながら、懲りることを知りません。現在、南海トラフ地震の東の震源の真上である静岡県御前崎市には、浜岡原子力発電所が位置しています。ヨーロッパはロシアの核兵器に脅かされています。ああ、傲慢は滅びに先立つのです。

 

3 神の裁きと救いの展望

(1)神の裁き―混乱

 しかし、神は権力と巨大技術が結びついた人間の思い上がりを打ち砕かれます。まず人間の思い上がりに対して皮肉な書き方がされています。

「11:5そのとき主は、人間が建てた町と塔を見るために降りて来られた。」

 塔を建てた権力者は、「(神の住まいである)天に届く塔を建てたぞ」と誇らかにしていましたが、偉大な神の御目から見れば、そんなものはわざわざ天から降りきて見なければ見つけることができない程度のものだったという皮肉です。人間が誇る巨大文明など、全宇宙を無から創造して治めておられる神の前では無きに等しいのです。

 神は、人間がこれ以上傲慢になって身を滅ぼさないために、言葉をもって人類を分けてしまわれたのです。いかにも神様のエレガントな知恵です。

6,主は言われた。「見よ。彼らは一つの民で、みな同じ話しことばを持っている。このようなことをし始めたのなら、今や、彼らがしようと企てることで、不可能なことは何もない。7,さあ、降りて行って、そこで彼らのことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにしよう。」

8,主が彼らをそこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。

 バベルは、「神の門」という意味ですが、むしろ、バベルは「バーラル」つまり「混乱」なのだ、聖書記者は皮肉な説明を加えています。高慢は滅びに先立つのです。

 

(2)救いの展望

 神は傲慢な人類をことばを分けることによって、分裂させました。それは人類が強大な権力の下に徒党を組んで神に反逆し、悪魔的悲惨に陥らないためです。

 しかし、創世記12章以降で、神は諸民族のうちセムの子孫アブラハムを選び出し、彼の子孫からキリストが出現して、王なるキリストのもとにひとつの神の民つまり聖なる公同の教会が作り出されることになることが啓示されて行きます。

 救いは神の御子が人となって、十字架の死にまで従われたという謙遜のきわみの御業によって実現しました。高慢は悪魔から出ますが、神の御子は謙遜の究極的実践をもって、私たちに神との和解をもたらしてくださいました。

 二千年前、主イエスは十字架の死と復活のわざを終えて、天の玉座に着くと、父のもとから聖霊を注いて、世界のあらゆる民族からご自分の民を集め始められました。言葉も文化も多様ですが、一つの御霊によって一つの神の民つまり聖なる公同の教会が歴史の中に造られてて来て、今日にいたります。

 

結論 3点

1.神様は私たちをご自分に似た者として創造してくださったので、私たちには理性があり、自然界にはないものを作り出し文明を築くという他の動物にはできないことをします。しかし、傲慢になってはなりません。文明を偶像としてはなりません。謙遜であるというのは、積極的には感謝を忘れないということです。

 

2.格別、剣の権能を託された権力者と科学が結びつくときに、その結果は取り返しのつかない悲惨ですから、注意していなければなりません。戦後その科学と政治の癒着の危険性に気づいた湯川秀樹達科学者たちは「日本学術会議」を形成したのですが、今は、戦争を知らない世代の科学技術の軍事転用を望む人々によって批判の的にされています。

 

3.神は言語を分けて、多くの民族に分かれました。しかし、神は二千年前神の御子キリストを遣わされて、十字架と復活をもって贖いの業を成し遂げ、聖霊を注ぎ福音宣教によって世界に広がる聖なる公同の教会を作って来られたのです。私たとも、聖霊に満たされて福音に生き、福音を隣人にこの世界に伝えてゆきましょう。

聖書を読み直す?

 「聖書を読み直す」という言い回しをときどき目にする。「これまでは、このように教えられて来たけれど、聖書はほんとうにそういうことを教えているのかを読み直すのだ」というのである。

 こういう企ては、正しく聖書がほんとうに語っていることに迫る場合と、かえって聖書がほんとうに語っていることから遠ざかってしまう場合がある。後者の場合というのは、「聖書を読み直す」という動機が、今の時代の思想とか風潮などに調子を合わせたいということである。こういうことは、古代の教会からありがちだった。グノーシス主義というのは、聖書をギリシャ宗教思想の二元論に合わせて解釈しようとしたものだった。近代のシュライエルマッハーの『宗教論』は、著者が最初の方で述べるように、当時の知識層に受け入れられるようにと意図して聖書を再解釈したものであるが、その「宗教」は汎神論になってしまっている。先の戦中に流行した「日本的基督教」も同じである。