水草牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

人生を溢れる泉に

ヨハネ4章3節から28節

2019年8月18日 苫小牧主日伝道礼拝

 

f:id:koumichristchurch:20190819071550p:plain

キリスト時代のパレスチナ

1.サマリヤを通って行かねばならなかった

 

(1)ユダヤ人とサマリヤ人

 おはようございます。台風一過です。今朝は、とくに入門者の方にわかりやすいお話をということで、イエス様がサマリヤの女に会いに行かれた箇所からお話をします。その冒頭に次のようにあります。

3**,ユダヤを去って、再びガリラヤへ向かわれた。

4**,しかし、サマリアを通って行かなければならなかった。

 

 当時、パレスチナヨルダン川の西側は大まかに言って三つの地方に分けられます。北にガリラヤ地方、真ん中がサマリア地方、南がユダヤ地方です。そして、ヨルダン川の東側に長細くペレア地方があります。イエス様はもともとガリラヤの人ですがユダヤ地方に伝道に来られていて、その仕事が終わったので、ガリラヤ地方へと行こうとしていました。普通に考えれば、ユダヤからガリラヤに行くなら、サマリヤ地方を通って行くわけですが、当時のユダヤ人たちはあえてサマリヤ地方を通るのを避けて、ヨルダン川を東に渡ってペレヤ地方を通って行くのが普通でした。ユダヤ人たちは、サマリヤ人とはもともとはともにアブラハム・イサク・ヤコブを先祖とする親戚同士の民族でしたが、ある歴史的・宗教的な理由で、彼らを差別し、交際しないようにしていたからです。ユダヤ人たちは、自分たちは神の選民としてふさわしい純血種であるが、サマリヤ人たちは歴史的経緯から異邦人の血が混ざっていると軽蔑したのです。 後ろの方に、この女が「私たちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」と言っているでしょう。礼拝する場所も違っていたわけです。

 イエス様はユダヤ人でしたが、このとき、あえて、「サマリヤを通って行かなければならなかった」というのです。ここに「通っていった」でなく、「通って行かなければならなかった」という、とても強い表現がもちいられています。これは神のご計画であったという意味の表現です。それはいうまでもなく、この一人の女性に会うためでした。

 

(2)サマリヤの女

 イエスさまがサマリヤの女に会わねばならなかったのには二つの理由があります。第一は、真理・永遠のいのちは民族や国の垣根をこえて与えられることを示すためでした。彼女は差別を受けていたサマリヤ人でした。ユダヤ人は、サマリア人を神の祝福から遠い民であると考えていたのです。けれども、エス様は、神からの真理、永遠のいのちの祝福は、そういう民族の垣根を越えた普遍的なものであるということを、この行動をもって明らかにされたのです。

 ときどき、「日本人なのだから仏教です。欧米の宗教は要りません。」という人がいます。それなのに、その人が洋服を着ているので、「ではなぜ、あなたは日本人なのに着物を着ないのですか。靴など履いているのですか。」と訊いたら、「いや、洋服と靴のほうが便利だし、着物と草履や下駄では車の運転もできないので。」と言います。ユダヤ人であろうと、サマリヤ人だろうと、アメリカ人だろうと日本人だろうと、韓国人だろうと、良い物はよいのです。そのように、真理というものは、民族も国語も超えて普遍的だから、真理なのです。

 なぜ日本人にキリストの福音を伝えなければならないのか。きわめて単純に言えば、仏教では死後、決して天国や極楽に行けないからです。なぜならお釈迦さん自身、死後のことに無関心だったからです。原始仏典『阿含経』に、お釈迦さんをマールンクヤプッタという哲学青年が訪ねて来た記事があります。マールンクヤプッタは、おシャカさんに死後のいのちのあるやなしやについて質問しました。すると、おシャカさんは何も答えませんでした。お釈迦さんは人間には死後のことはわからないとしたのです。おシャカさんはこの世において、いろいろ苦しいことの中で平穏な心持で過ごすか心の持ちようを教えたのです。(死後の救いを教える仏教はシャカ没後600年ほど後の発明です)しかし、イエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。誰もわたしを通して出なければ父の御許(天国)に来ることはありません。」とおっしゃいました。それは、イエス様だけが、父なる神のひとり子だからです。

 

 イエス様がサマリアの女にわざわざ会いに行かねばならなかった第二の理由は、神様は罪深い人も救ってくださることをあきらかにするためでした。イエス様がサマリアの「ヤコブの井戸」の傍らに座っておられたのが第六時だった、とあります。井戸は町内に一つの共同井戸です。

6**,そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れから、その井戸の傍らに、ただ座っておられた。時はおよそ第六の時であった。

「第六時」というのは、今でいう正午、じりじりと太陽が照り付ける真昼間のことです。この真昼間にこの女性は水を汲みにきたのです。だれもが朝早くまだ涼しい時間に水を汲みに来るのですが、彼女は誰も外出していない真昼間に来たのです。人目を避けるためです。彼女はあの男、この男、また別の男・・・というように、五人の男を渡り歩いて、今は六人目の男と同棲しているというふしだらな女でした。「この人ならあたしを幸せにしてくれる」と思って結婚したけれど、満足行かなくて離れてしまい、しばらくは一人でいましたが、別の男を見つけると「この人こそ、あたしを愛してくれるわ」とくっついたのですが、結局、破綻してしまい、「もう結婚はこりごりだわ」と思うのですが、またしばらくすると所在なく、また別の男に・・・ということを繰り返してきたのです。そんな自分はどんなふうに町の人たちから見られているのだろうと思うと、彼女は人目を避けて生活するようになっていたのです。

 けれども、そういうサマリヤの女にイエス様はいのちの水について語り掛けたのです。イエス様は、ある時おっしゃいました。「健康な人に医者は要らない。病人には医者が必要です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて救うために来たのです」と。

 

2.人間が与える水、その限界

 

 イエス様とサマリヤの女の問答が始まります。まず、弟子たちは町に食べ物を手に入れるためにいなくて、イエス様だけです。イエス様は話のきっかけを作るために水を求めました。

7**,一人のサマリアの女が、水を汲み来た。エスは彼女に、「わたしに水を飲ませてください」と言われた。

 すると、女はちょっと反発するように言いました。

9**,そのサマリアの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリアの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」ユダヤ人はサマリア人と付き合いをしなかったのである。

 

 いつもユダヤ人は私たちを差別しているくせに、水が欲しいのかい、というのです。

 すると、イエス様は、物質としての水の話から、生ける霊的な水に話題を転じて、「自分はあなたにいのちのを与えるために来たんだよ」とおっしゃいます。

10**,イエスは答えられた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、水を飲ませてくださいとあなたに言っているのがだれなのかを知っていたら、あなたのほうからその人に求めていたでしょう。そして、その人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」

 「生ける水」というのは、エス様を信じる者に神様が与えてくださる聖霊を意味しています。「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」とあるように、聖霊を受けると、人は神様に愛されていることを知り、自分の罪を認め、神さまの子どもとして力強く喜びに満たされて生きていくことができるのです。そして、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制という品性がだんだんと身についてくるのです。イエス様は、物質としての水ではなくて、そういう素晴らしい天国にまで持って行ける宝物をくださるのです。お金も家も天国には持っていけませんが、愛、喜び、平安・・・これらのものは永遠に価値のあるもので天国に持って行けるのです。

 

 でも彼女は、イエス様がおっしゃっている水のことがよくわかりません。奇妙なことをおっしゃるなあと思っています。

11**,その女は言った。「主よ。あなたは汲む物を持っておられませんし、この井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れられるのでしょうか。12**,あなたは、私たちのヤコブより偉いのでしょうかヤコブは私たちにこの井戸を下さって、彼自身も、その子たちも家畜も、この井戸から飲みました。」

 女は1800年ほど前に生きていたご先祖様のヤコブが、この井戸を与えてくれたのだと言います。確かにご先祖様はありがたい存在です。ご先祖様がいなければ、今の私たちは存在しないのですからね。新約聖書も、その冒頭には紀元前2000年からのイエス・キリスト系図をかかげて、先祖を記念しています。先祖を記念することは意味のあることでしょう。けれども、先祖ヤコブもまた限界のある人間であって、神ではありませんから、尊敬はしても礼拝する対象ではありません。そして人間が与えることができるものは、限界のあるものです。限界のある満足です。

13**,イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。」

 主イエスのことばは、サマリアの女がたどってきた、これまでの人生を指したことばでしょう。彼女は、若い日、ある男性に愛を求めて結婚したけれども、満足できずに別れてしまいました。そして、また別の男性に、愛を求めて結婚したけれど、結局、やはり渇きを覚えて、別れてしまいました。しばらく男はもうこりごりだと思っていましたが、また愛してほしいと願って第三の男に出会って、結婚しましたけれど、しばらくするとまた満足できず嫌いになってしまい、別れました。第四、第五の男もだめで、今は、第六番目の男とは結婚もせずに同棲しているのでした。「この水を飲む人はみな、また渇きます」と主イエスがおっしゃるとおりです。

 みなさん。夫であれ、妻であれ、子どもであれ、恋人であれ、人に依存して「愛してほしい」と願う人は、必ず失望するのです。人間には限界があるから、あなたがそれほど愛を求めると、相手はくたびれてしまうからです。

 

3.イエス様がくださる永遠のいのちの水

 

 人間が与える水と、イエス様がくださるいのちの水、聖霊には違う点が二つあります。

 

(1)14**,しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。

 第一に、人間の与えるものを飲んだら、一時的に渇きをいやしますが、また渇きますが、イエス様がくださるいのちの水である聖霊を受けると、人は永遠に渇くことないということです。ほんものの永遠の満足ということを経験することができます。男に満足を求めて求めて求め続けて、サマリヤの女は渇きました。異性に限らず、人は仕事に満足を求め、出世して社会的地位や名誉を求めます。あるいは、趣味に満足を求め、ギャンブルに走り、あるいはお金に満足を求めます。お金、名誉、権力と、この三つが多くの人が欲しがり、空虚な心を満たそうとします。けれども、求めても求めても決して、これで満足ということはありません。

 そして、かりに、この世でカネと名誉と権力を得たとしても、死んでしまえば、それらはみなこの世に捨てていくほかありません。そして、人には一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっていますが、聖なる審判においては、「あなたはいくら資産を蓄えましたか?」とか「あなたはどういう勲章をもらいましたか?」とか「あなたはどういう権力をもっていましたか?大会社の社長でしたか?知事でしたか?大臣でしたか?」などとはまったく聞かれないのです。こういうものは、キリストの前では無意味なものです。

 キリストの前における死後のさばきにおいて調べられることは、「あなたはどのように心を尽くして神を愛し、隣人を自分自身のように愛する生活をしましたか?」ということです。愛のよきわざだけが、永遠に残ります。愛がなければ、何の役にも立たないのです。

そのよきわざは、聖霊様がなさせてくださることです。

 

(2)わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。

 第二に、イエス様がくださるいのちの水は、溢れるということです。人間が与える満足は、あなたを満足させるにとどまります。そして、また渇きます。ところが、イエス様を信じていのちの水である聖霊に満たされると、人は他人に愛を求めるのでなく、むしろ逆に、溢れて周囲を潤すようになります。

 一昨日、恩師宮村武夫先生が天に召されました。80歳でした。宮村先生は開成高校の学生だったときにイエス様を信じて、神さまにその人生をささげました。開成高校といえば、今日でももっとも多くの学生を東京大学に送り出している優秀な学校ですが、先生は卒業後、JCCジャパン・クリスチャン・カレッジという神学校に進みました。そこで4年間学んだ後、米国のゴードン聖書学院、ハーバード大学に4年間学んで帰国され、埼玉県の寄居という小さな町の開拓教会の牧師になられました。その後、東京の東のはずれ多摩地区にある青梅キリスト教会というところで長く牧会しながら、母校と他の神学校で教鞭を取られました。

 私が大学卒業後、神学校に進んだ最初の年、毎主日かよったのは、青梅キリスト教会でした。先生との交わりから、私は決定的な影響を受けました。それは、神が私の存在を喜んでいてくださることを知り、また、自分も出会う人々の存在を喜ぶことを教えていただいたということです。青梅キリスト教会ではもみの木幼児園で子どもたちを育てていたのですが、その記録文集が『存在の喜び』と言う本でした。こういう一節があります。

 

「子どもについてさまざまな不安や焦りを抱く保護者と接する度毎に私の心に響く思いは、いつもこの一事です。大部分のことは、過度に心配する必要はない。問題があるとすれば、本来それ程まで心配しなくてもよいことをあまりに過度に心配し、問題でないことを不安な一定しない思いからの取り扱い故に問題としてしまう危険です。心配しなくともよいことを過度に心配するあまり、本当に心配しなければならない数少ないことを軽視したり、無視してしまう、誠に残念です。
 では、数少ない心配すべき事柄とはどんなことでしょうか。
 園児にとって、何が無くとも、これだけは是非必要なこと、それは自らの存在が喜ばれている確認です。両親が自分の存在を喜んでいてくれる。園でも、教師や友人たちが自分の存在を喜び受け入れていてくれる。自分の存在が少なくとも或る人々に心から喜ばれているとの自覚は、必要不可欠なものだ。これこそ、この十年深まり続けてきた確信です。何が出来るか、何の役に立つかと機能の面からのみ判断されるのでなく、ただそこに存在していること自体が喜ばれ重んぜられる。この経験なくして幼児は、いや人間は真に人間として生きることは出来ないのではないでしょうか。」(四八、四九頁)


 もし、「存在の喜び」を教えていただかなかったら、私は今日まで牧師として働くことも、家庭人として生きることもできなかったでしょう。

 卒業後しばらくして、先生は沖縄の首里教会へと赴任なさいました。そして、沖縄の人々のうめきを聞きながら、その地で伝道と神学教育に携わられました。その後、東京の下町に戻って来られてからは、私が先生のお住まいに泊めていただいたり、また、先生にも信州を訪ねていたいたりして、いっしょに旅することもありました。でも、私一人が先生と親しかったというわけではなく、驚くほど多くの人たちが、宮村武夫先生との交わりを通して、神様の燃えるような愛を体験したのです。私の家内もその一人です。

 世間的にいえば、宮村先生は、開成高校を卒業し、東京大学に進み、学問を続ければ名のある大学の教授という道が備えられていたのかもしれません。けれども、キリストの愛に捕らえられたとき、先生は感激してキリストにすべてをささげて、聖書にひたすらに聞き、聖書のみことばに生き、聖書のことばを伝え続けられ、その生涯をまっとうされたのでした。その人生は、あふれる泉でした。私を含め、多くのたましいに渇きを覚える人たちが、その泉から飲んで、生きる力をいただいたのです。

わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。

 そして、今や、先生はイエス様の御許に帰っていらっしゃいます。あなたは、わたしが与える水を飲んで、周りの人たちを豊かに潤す人生をたどったね。よくやった。わがしもべ、わが子よ、とイエス様に肩を抱いていただいていらっしゃることでしょう。

 

むすび

  サマリヤの女だけではありません。誰であっても、自分のみじめな罪の現実を認めて、イエス様をわが主、わが神と信じるならば、イエス様は私たちの罪をゆるし、いのちの水である聖霊を与えてくださいます。そして、イエス様にいのちがけで従って行くならば、その人生は泉のようにあふれる人生と変えられるのです。サマリヤの女は言いました。

15**,彼女はイエスに言った。「主よ。私が渇くことのないように、ここに汲みに来なくてもよいように、その水を私に下さい。

 あなたもイエス・キリストを信じてください。

 

<追記>

*宮村武夫先生の思想に触れたい方は、こちらをご一読ください。

https://docs.wixstatic.com/ugd/2a2fcb_1cd9da521bc7490ca338f5ada0632092.pdf