水草牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

呪われたいちじく

Mk11:12-20

11:12 翌日、彼らがベタニヤを出たとき、イエスは空腹を覚えられた。 11:13 葉の茂ったいちじくの木が遠くに見えたので、それに何かありはしないかと見に行かれたが、そこに来ると、葉のほかは何もないのに気づかれた。いちじくのなる季節ではなかったからである。 11:14 イエスは、その木に向かって言われた。「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることのないように。」弟子たちはこれを聞いていた。

  11:15 それから、彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、宮の中で売り買いしている人々を追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒し、 11:16 また宮を通り抜けて器具を運ぶことをだれにもお許しにならなかった。 11:17 そして、彼らに教えて言われた。「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです。」 11:18 祭司長、律法学者たちは聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。イエスを恐れたからであった。なぜなら、群衆がみなイエスの教えに驚嘆していたからである。

  11:19 夕方になると、イエスとその弟子たちは、いつも都から外に出た。 11:20 朝早く、通りがかりに見ると、いちじくの木が根まで枯れていた。

 

 

1 イエス様の不思議な言葉

 

今日、改めて説教題を眺めて、怖い説教題だなあと思いました。主イエスの言葉や行動には私たちには理解できないことが時々あります。きょうの箇所はその代表的なところと言えましょう。主イエスが実のなっていないいちじくを呪い、その後、神殿に行かれてそこにいた商売人たちを厳しく非難なさいました。いわゆる宮浄めの出来事です。

 

12-14節

 「翌日」つまりイエス様がエルサレムに入城された日曜日の翌日の月曜日のことです。イエス様たち一行はベタニヤを出ました。ベタニヤはエルサレムの東オリーブ山の麓にあり、マルタ、マリヤ、ラザロの三人兄弟が暮らしていました。ここがエルサレム伝道の拠点です。イエス様は日中はエルサレムの町で伝道をし、日が沈むとオリーブ山のゲツセマネの園で祈り、夜にはベタニヤに泊まられたようです。

 ベタニヤを出るとイエス様はおなかがすきました。朝ごはんを十分食べなかったのでしょうか。すると、青々と葉の茂った立派ないちじくの木が見えました。一見、盛んで美しいいちじくの木です。しかし、近づいてみると、一個の実もついてはいなかったのです。 いやいちじくのなる季節ではなかったというのですから、実を捜してもないのも当たり前でした。しかし、奇妙なことにイエス様はこの木に対して呪いの言葉をおっしゃいました。

「今後、いつまでも、だれもお前の実を食べることのないように。」

ひどいなと感じてしまいます。いったいどういう意味でイエス様は、このイチジクの木を呪われたのでしょう。何か意味があるはずです。読み進んでまいりましょう。

 

2.宮浄め 15-19節

 

 エルサレムに到着したイエス様はどこに出かけられたでしょうか? 王の宮殿ではなく、市民の広場でもなく、神殿です。神殿とは、神と人とが出会う場であり、エルサレムのハートであり、イスラエルの民のハートです。旧約時代から、神殿礼拝のありかたこそが、王国の民の生活の中心であり、民族の運命を決したのです。旧約時代には、敬虔な王たちは、偶像崇拝を排してこの神殿における礼拝を重んじましたが、悪い王たちはカナンの地の習俗であったバアル、アシュタロテの偶像をこの神殿に持ち込んで、まことの神と並べて礼拝するようなことをあえてしました。その結果、神はバビロン軍にソロモンが築いた神殿を滅ぼさせ、民をバビロンに捕囚させ、国は滅亡したのでした。

 捕囚の地で苦しみの中で悔い改めたイスラエルを神はあわれんでくださいまして、解放の時が来て、エルサレム神殿を再建したのです。その記録は旧約聖書のネヘミヤ記、エズラ記に記されています。バビロン捕囚から帰ってからは、イスラエルの民はさすがに反省して、あからさまな異教の神々の礼拝をエルサレムですることはなくなりました。

 その後、400年間イスラエルは、ペルシャ帝国、次にシリヤ帝国に、そして、ローマ帝国に支配され苦しいところを通らされました。主イエスが来られた当時、イスラエルローマ帝国支配下にあり、エルサレム神殿は、あの幼いイエス様を取り殺そうとしたヘロデ大王が造ったものです。ヘロデ大王はローマの傀儡政権でした。神を恐れないヘロデ大王が何のために神殿を築いたかといえば、一つには己の権力をユダヤ人に対してPRするためで、巨大で豪壮なものでした。もう一つの狙いは、デラックスな神殿を造ることによってユダヤ人たちの歓心を買うことでした。

 

ところで、エルサレム神殿には、礼拝する場所が一番奥の至聖所に近いとことろから祭司の庭、イスラエル男子の庭、イスラエル女子の庭、そして、異邦人の庭と区別されていました。それぞれの人々は、それぞれの名で呼ばれる庭で礼拝をしたのです。

一番外側にある「異邦人の庭」に来る異邦人というのは、ローマ帝国諸州のさまざまの偶像の神々を捨ててイスラエルに啓示された創造主なるまことの神に改宗した人々のことです。意外なことかもしれませんが、当時、ユダヤ教特にパリサイ人たちは、異邦人伝道に熱心でした。マタイ23:15。「忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。改宗者をひとりつくるのに、海と陸とを飛び回っ」たのです。その甲斐あって、当時、エルサレムでの神殿礼拝は大変盛んになっておりまして、先日も申し上げたように、三大祭ともなれば通常の人口の3倍にもなってしまうので、多くの巡礼たちをエルサレムの城壁内に収容することができず、城壁の外には巡礼たちがテントをはってキャンプをしたのです。祭司階級のサドカイ人たちの神殿宗教経営は、経済的に大成功を収めていることを誇らしく思っていたにちがいありません。

ユダヤ教の国外宣教によって、石や木で刻まれた偶像の神々は偽りのものにすぎないことに気づき、まことの創造主こそまこと唯一の神であると信じた各地の異邦人たちは、アポロン神殿とかゼウス神殿に礼拝することを勇気をもってやめて、真の神のみを礼拝するようになりました。彼らにとっては、はるか遠いエルサレムの神殿は憧れの聖地となりました。そこで苦労して旅費をためて、過越しの祭りにはるばるエルサレムにまで巡礼をしたのです。聖なる思いを抱いてはるばるやって来たに違いありません。もちろん彼らは「異邦人の庭」までしか入ることは許されませんでした。ところが、この異邦人の庭に入ってみると、「おいおい兄さん、こっちの牛はいいよ。安くしとくよ。」とか、「牛が買えないなら、羊はどうだい。」とか、「貧乏なんだね、しかたない、鳩もあるよ。安くしとくよ。」などと、いけにえ用の牛・羊・鳩を売る商売人たちが声を張り上げていたのです。また、神殿ではローマの貨幣は神への捧げ物にならないといって、神殿用のお金に両替をしても受けている両替商たちもいました。勿論、彼らがこんな商売をすることができたのは、神殿経営をしていたサドカイ派の祭司たちが彼らに金を払わせて許可を与えていたからにちがいありません。

 異邦人改宗者たちはこんなところで聖なる神様に落ち着いて祈ることができるでしょうか。彼らはどう感じたのでしょう。自分がかつて参拝していたゼウスやアポロンやその他の神々が祀られた神社のようすとほとんど変わりがないのです。そうして、「エルサレム神殿といっても、あーあ、やっぱりこんなものか。けっきょく金儲けじゃないか。」と考えて帰っていったでしょう。「改宗者ができると、その人を自分より倍も悪いゲヘナの子にするからです。」とイエス様がおっしゃるのは、そういう意味です。

こうした状況を見ると当時ユダヤ教徒たちは、積極的に宣教はしていましたが、それは神を愛し、異邦人もまた真の神を愛しうやまう礼拝者となるようにと願っていたわけではなかったと言わざるをえません。単なる教勢拡大を図っていただけのことです。神殿礼拝も絢爛豪華に行われていました。しかし、肝心の礼拝の場はガヤガヤと商店街のようなありさまでした。欺瞞の極みでした。

 だから、イエス様はお怒りになったのです。「わたしの家は、すべての民の祈りの家を呼ばれる」と。平行記事では「それをあなたがたは強盗の家にした」とも記されています。

確かに、当時は、旧約時代の悪い王たちのいた時代のように、神殿にあからさまな偶像が立ち並んでいたわけではありません。しかし、目に見えない偶像が聖なる宮に祭られていました。それは何でしょうか?マモニズム、経済第一主義という偶像崇拝がここでは行われていたのです。祭司階級のサドカイ人たちがこの神殿経営をして、千客万来商売繁盛というありさまで、両替商やいけにえ動物商人から場所代をとっていたのでした。また、異邦人の庭があんなありさまだったのは、祭司たちが心には「どうせ犬に等しい異邦人たち礼拝の場なのだから、少々うるさくっても構うまい。」と思っていたからです。神と並べてマモンをあがめるという罪を彼らは犯していたのです。主イエスは、金儲けのために、天の父をダシにしていることに対してお怒りになったのです。

 

2. いちじくが枯れた

 

 イエス様はこの宮浄めをなさると、城門をくぐってゲツセマネの園で祈り、おそらくベタニヤ村のマルタ、マリヤ、ラザロの家に泊まり、翌日、またエルサレムに向かわれ、また、あのいちじくの木を見ました。主イエスが昨日のろったいちじくの木です。木は根っこまで枯れていました。(20節)ペテロはびっくりしました。「先生。ごらんなさい。あなたののろわれたいちじくの木が枯れました。」

実は、いちじくというのは、ぶどうと並んでイスラエル民族を象徴する植物の一つでした。当時のイスラエル民族の神殿礼拝のあり方が葉ばかり茂って、実りがないということを象徴的行動をもって主イエスはおっしゃっているのです。ヘロデが権力と財力にもの言わせて建てた豪壮な神殿があり、国外宣教もさかんで、世界中から巡礼たちがぞろぞろやって来ています。神殿経営は経済的には空前絶後の繁栄ぶりと見えました。

けれども、ほんとうのところでは、祭司たちは神様を恐れていませんでした。神を愛してはいませんでした。異邦人の改宗者のたましいを軽んじていたのです。「心を尽くし思いを尽くし力を尽くして神である主を愛せよ。」また「あなたの隣人を自分自身のように愛せよ。」という、神のご命令の本筋からはずれて、デラックスな神殿、教勢拡大、荘厳な儀式という宗教的な装飾ばかり茂っている状態だったのでした。葉ばかり青々と茂っていたのです。しかし、そこには、悔い改めの実も、誠実の実も、愛の実も実ってはいませんでした。それを主イエスは憤られました。そして、実のないいちじくが枯らされるように、このイスラエルの神殿はやがて神によって滅ぼされることを、預言なさったのです。その預言は紀元70年、ローマ帝国軍によって成就されることになります。エルサレム神殿は滅び、イスラエルは亡国の民となって世界に散らされてしまうのです。

 

適用 新約の時代の神殿とは

 

 今の時代、つまり、新約の時代、神殿はどこにあるのでしょうか。主イエスがサマリヤの女におっしゃったことばを思い出してください。

4:21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。 4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」(ヨハネ4:21-24)

主イエスが十字架にかかって三日目に復活し、天の父なる神の右の御座に着座されてから、聖霊を私たち神の民、教会に送ってくださいました。主イエスを信じる者に、聖霊を与えてくださいます。新約の時代、キリストを信じる者世界中の礼拝共同体である教会、そして、あなたのからだが聖霊の神殿なのです。

1コリント3:16

 「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。」

1コリント6章19,20節

「 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。」

ですから、第一に、私たちの教会の歩みにおいて、神を愛し、神をあがめる礼拝が常に中心であることに心してまいりましょう。教会の目的がまことの神を愛することなのだということを肝に銘じましょう。教会は一生懸命伝道し、奉仕をし、ささげものをし、また、愛餐会や遠足など楽しい交わりをします。それらはよいことです。しかし、さまざまな行事も儀式も全ては、誠実に神様を礼拝し、神様への応答として隣人を愛することのためにこそあります。

 

第二に、私たちのからだが聖霊の宮であるということは、私たちの生活の中心に、まことの神がおられ、このお方が崇められるべきであるということを意味しています。生活の隅っこのほうに神様を押しのけていてはいけません。心の王座だけが、主にふさわしいのです。あなたのからだという神殿に主イエスが訪ねてこられるというなら、あなたは喜んで主イエスをその王座にお迎えできるでしょうか。自分のからだの中に、神を恐れない両替人やいけにえの鳩を売っている商売人はいないでしょうか。

個人礼拝、日々聖書を読み祈りの時を大切にしましょう。あなたの生活の中心に、この世の欲、俗悪な趣味などが占めていないでしょうか。そしてイエス様は端っこに押しやられていないでしょうか?もし示されるところがあれば、「イエス様ごめんなさい」と申し上げて、悔い改めて、主に王座に座っていただきましょう。