Miz牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

前兆

Mk13:3-27

                              

序 

 弟子たちがヘロデ大王の立てた神殿の巨石に目を奪われているのに対して、主イエスは「この大きな建物を見ているのですが。石が崩されずに、積まれたまま残ることは決してないよ。」と、おっしゃいました。弟子たちはギョッとします。巨大な建造物の威容を見ると、私たちは圧倒されてしまうものですが、ニューヨークの世界貿易センタービル原子力発電所が崩壊して、これらのものも永遠ではないことを私たちも知りました。

 主イエスは、エルサレムを出てその東にあるオリーブ山にすわって、エルサレム神殿に向かっていらしたのです。その神殿の行く末とさばきの日のことを思っていらしたのでしょう。弟子たちは、先程聞いた主イエスのおそるべき預言、ヘロデ神殿が崩されてしまうときについてもっと詳しく聞かせて下さいとお願いします。4節。

13:4 「お話しください。いつ、そういうことが起こるのでしょう。また、それがみな実現するようなときには、どんな前兆があるのでしょう。」

 そこで、主イエスは、ヘロデ神殿崩壊について前兆をお話になるのです。その予告は、当面はローマ軍による紀元70年の神殿破壊を意味しています。しかし、預言の最終的な到達点が主イエスの再臨にあることを見ると、70年のエルサレム崩壊だけでなく、究極的にはこの世界の終わりの時における主イエスによる審判のことを意味していることがわかります。24-27節。

13:24 だが、その日には、その苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、

 13:25 星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。

 13:26 そのとき、人々は、人の子が偉大な力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

 13:27 そのとき、人の子は、御使いたちを送り、地の果てから天の果てまで、四方からその選びの民を集めます。

 

 再臨の前兆は三つの段階にわけて記されています。第一段階は5節から8節の「産みの苦しみの始め」、第二段階は9節から13節で「教会と福音についての前兆」、そして第三段階は14節から23節で「荒らす憎むべき者」の登場。そして24-27節で主イエスの再臨です。

 

1.産みの苦しみ

 

 主イエスは、主イエスの再臨・最後の審判・新天新地にいたるまでの出来事を「産みの苦しみ」と表現なさいました。なぜでしょうか?二つ理由があります。

 第一は、産みの苦しみのゴールが子供が生まれたという、この上ない喜びであるように、再臨の前兆における教会とキリスト者が経験しなければならない苦しみのゴールは、主イエスの再臨と新天新地というこの上ない喜びなのです。「終末論」ということばは、どういうわけか暗くておどろおどろしいイメージが強いのかもしれませんが、本来終末とは神の国の完成なのですから、これは輝かしい日なのです。 

 主イエスが再臨の前兆を産みの苦しみと表現なさった第二の理由は、陣痛が寄せては返す波のように何度も何度も訪れた後に、ようやく赤ちゃんがオギャアと生まれるように、いよいよ再臨なのか?と思わせる前兆は、歴史の中で何度も現れて、それからついに主のご再臨があるということを意味しています。マルコ13章において主イエスがお話になった前兆のようなことは、初代教会の時代において起こりましたが、主の再臨はまだでした。また、歴史の中でも幾度か起こってきました。そのたびごとに、キリスト者たちはいよいよ再臨かと思いましたが、まだでした。そして、現代もここに見るような再臨の前兆と思われることは起きています。

 神は歴史の中で、このように前兆を繰り返し見せることによって、キリスト者たちに、自分の生きている間に主が来られると意識させることを意図していらっしゃるのかもしれません。使徒パウロも自分の目が黒いうちに、主が再臨なさると信じて宣教に励みました。

 1テサロニケ4:15 「私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。」

 パウロが間違ったということではありません。逆に、私たちはパウロの再臨信仰に学ぶべきだということです。

 

2.世界的な前兆(生みの苦しみの始め)

 

 5節から8節は世界的なひろがりにおける生みの苦しみの始めとしての前兆です。三つあります。 第一は偽預言者、偽キリストの出現です。5、6節。

13:5 そこで、イエスは彼らに話し始められた。「人に惑わされないように気をつけなさい。

 13:6 わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそそれだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。

彼らについては21、22節でも語られています。

13:21 そのとき、あなたがたに、『そら、キリストがここにいる』とか、『ほら、あそこにいる』とか言う者があっても、信じてはいけません。

 13:22 にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民を惑わそうとして、しるしや不思議なことをして見せます。

 

「私こそまことの預言者である」と名のる人々が出現するのです。初代教会時代、 偽預言者たちが現れたことが黙示録7章の七つの教会に記されています。エペソ教会にはニコライ派、ペルガモ教会にはバラムの教え、テアテラ教会にはイゼベルという偽教師が現れたと書かれています。

古代教会は2世紀前半「私こそメシヤである」と名乗る偽キリストも経験しました。彼はローマ帝国に反旗を翻して第二次ユダヤ戦争を指導し自らシメオン・バル・コクバ「星の子」と称し、自らをユダヤ民族のメシヤとしました。ほんの一時期バル・コクバはイスラエルの主権を回復しましたが、ほどなくローマ帝国軍によってエルサレムは陥落させられ、イスラエルは徹底的に敗北し再起不能となりました。

その後の神の民の歴史の中でも、偽キリストと見なされる人々が出てきました。16世紀、宗教改革の指導者たちはローマ教皇権こそ反キリスト、不法の人、滅びの子であると認定していましたし、17世紀のウェストミンスター信仰告白にもそのように告白されています。事実、当時のローマ教皇庁の権力主義と腐敗は目に余るものがありました。また、18,19世紀のヨーロッパの著述家たちはヨーロッパを席巻したナポレオン・ボナパルトが反キリストであると記しています。また、現代史の中で反キリスト的人物の代表格といえば、アドルフ・ヒトラースターリンが挙げられるでしょう。

 今日、自分をキリストであると名乗る人々が世界中に現れています。先年死んだ統一協会の教祖文鮮明もその一人でした。インドにもアフリカにも朝鮮にもアメリカにもそして日本にも。

 

 第二の「生みの苦しみの始め」は7節、8節。戦争、民族紛争が世界中で頻発することです。

13:7 また、戦争のことや戦争のうわさを聞いても、あわててはいけません。それは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。 13:8 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、ききんも起こるはずだからです。これらのことは、産みの苦しみの初めです。

 ローマ帝国が弱体化してくると、帝国のあちこちで独立戦争が起こってきました。こうしたことは歴史のなかで何度か起こりましたが、二十世紀の終わりになって、そして東西冷戦が終わりを告げてから、世界各地で民族紛争が頻発していることはご承知のとおりです。

 

 第三の「生みの苦しみの始め」は8節後半にあるように、方々に地震があり、ききんも起こるということです。ルカの平行記事では、疫病の蔓延も加えられています。これもローマ帝国末期にも頻発したことでした。戦争、天変地異と飢饉と政情不安はセットです。

現代に生きる私たちも、世界各地の地震のニュースを聞く時、私たちは主が再び来られる日が近いことを意識します。また、世界の人口は、国連の統計によれば、 1800年には9億。1950年には24億。1995年には57億。現在、世界人口の5億余りが食べ過ぎ状態。20~30億がおおよそ食べ物が足りている状態。そして、10億人~15億人の人々が栄養不良ないし飢餓状態にあります。それが2025年に83億に達すれば36億~41億が栄養不良ないし飢餓に陥ることになります。世界各地の民族紛争は食料の争奪戦なのかもしれません。

 私たちの生きているこの時代にも、世の終わり、主の再臨の前兆はたしかに表れています。

 

2.教会にかかわる前兆

 

 続いて、主イエスは特に教会にかかわる前兆を3つ語られます。

 第一はキリスト教会が迫害されることです。9節。

 13:9 だが、あなたがたは、気をつけていなさい。人々は、あなたがたを議会に引き渡し、また、あなたがたは会堂でむち打たれ、また、わたしのゆえに、総督や王たちの前に立たされます。それは彼らに対してあかしをするためです。

 第二は福音があらゆる民族に宣べ伝えられることです。10節-11節。

 13:10 こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません。

 13:11 彼らに捕らえられ、引き渡されたとき、何と言おうかなどと案じるには及びません。ただ、そのとき自分に示されることを、話しなさい。話すのはあなたがたではなく、聖霊です。

 

 第三は激しい迫害の結果、大規模な背教が起こることです。12節。

 13:12 また兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、子は両親に逆らって立ち、彼らを死に至らせます。

 教会は初代教会からコンスタンティヌス大帝の回心までの間、激しい迫害の下に置かれていました。世界中に福音が伝えられていけば、サタンもまた死力を尽くして伝道者たち、キリスト者たちを迫害しました。

 日本でも江戸時代から明治の最初の時期、キリスト教会は世界に類例がないほどに厳しく弾圧されました。 近現代でいえば、共産圏ソ連、東ヨーロッパ諸国でのキリスト教会の弾圧は非常に厳しく多くの人が犠牲になりました。中国が共産化したとき、宣教師たちはことごとく国外追放にされ、その宣教師たちが日本に一時退去というつもりで日本で伝道しました。苫小牧福音教会も私の神戸の教会もそうです。しかし、多くの中国人の伝道者たちは処刑されたり、強制学習収容所に入れられてしまいました。今でも、中国では厳しくなったり緩くなったり波はありますが、弾圧は続いています。

 JEAはクリスチャン新聞に「今世紀は教会への迫害の世紀である」と発表しました。世界各地の民族意識民族宗教の高まりとともに、キリスト教会に対する迫害が頻発するようになっています。中国、北朝鮮などの共産圏、インドネシアイラク、イランなどのイスラム圏、タイ、ネパールなどの仏教圏。ISの人々がエジプトでクリスチャンたちを捕まえて処刑するといったことも起こっています。

 そして最近ではイスラエルイスラエル国内にユダヤ人からの改宗者がここ十年で激増して1万人に達していますが、これに対してネタニヤフ政権以来の「反宣教法」によれば、新約聖書をただ所持しているだけで懲役1年の処罰が課せられるのです。

 福音が世界の民族に宣べ伝えられるということは、ほぼ達成されました。そして異邦人への宣教が完成したとき、最後にイスラエルの約束の地への回復(ルカ21:24)と霊的回復が起こると聖書が予告したとおりになってきているのです。約束の地への政治的回復は1948年に実現しました。そして霊的な回復が今起こりつつあるところです。ローマ11:25、26「その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなるときまでであり、こうして、イスラエルはみな救われるということです。」

 以上のように、すでに教会と福音に関するしるしも今私たちが生きているこの時代に、現れています。

 

3.荒らす憎むべき者の出現とさばき(14節-23節)

 

 13:14 『荒らす憎むべきもの』が、自分の立ってはならない所に立っているのを見たならば(読者はよく読み取るように。)ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。 13:15 屋上にいる者は降りてはいけません。家から何かを取り出そうとして中に入ってはいけません。 13:16 畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。 13:17 だがその日、哀れなのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。 13:18 ただ、このことが冬に起こらないように祈りなさい。

 13:19 その日は、神が天地を創造された初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような苦難の日だからです。 13:20 そして、もし主がその日数を少なくしてくださらないなら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、主は、ご自分で選んだ選びの民のために、その日数を少なくしてくださったのです。 13:21 そのとき、あなたがたに、『そら、キリストがここにいる』とか、『ほら、あそこにいる』とか言う者があっても、信じてはいけません。 13:22 にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民を惑わそうとして、しるしや不思議なことをして見せます。 13:23 だから、気をつけていなさい。わたしは、何もかも前もって話しました。

 

 前兆として最終段階にあたるのは、「荒らす憎むべき者が自分の立ってはならない所に立つ」ということです。「荒らす憎むべき者」とは何か?これは2テサロニケの手紙では「不法の人」「滅びの子」とも呼ばれ(2テサロニケ2:3-10)、黙示録13章では「獣」と呼ばれています。

 この「荒らす憎むべき者」は「すべて神と呼ばれる者、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く挙げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。」(2テサ:4)とあります。おそらく彼は、悪魔のような天才的な政治手腕で世界を食糧危機・民族紛争の頻発などの危機的状況から救い、世界中の人々の崇拝を受けるようになるのでしょう。そうすると、彼はあらわし神殿の中に自分の座を設けて、「我こそは神なり」と主張して、その他のあらゆる宗教を禁止するというわけです。

 もちろん、「荒らす憎むべき者」に対する反対者は迫害を受けることになります。その迫害はたいそうひどいもののようで、「その日は、神が天地を創造された始めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような苦難の日だからです。そして、もし主がその日数を少なくしてくださらないなら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、主は、御自分で選んだ選びの民のために、その日数を少なくしてくださったのです。」とあります。

 その時には、世界的なキャンペーンがなされて「ついにキリストが来られた」といって「荒らす憎むべき者」を持ち上げる大集会が世界中で開催されることでしょう。21節。衛星放送で彼が神と宣言する式典がテレビ中継がなされるでしょう。テレビでも映画でもインターネットでも「荒らす憎むべき者」は輝かしいスター、世界の救世主として喧伝されるでしょう。ちょうど、ナチスの時代のヒトラーを国民が挙げて崇拝したように、かつて中国で毛沢東が崇拝され、北朝鮮でかつて金日成が崇拝されたように。要するに、この荒らす憎むべき者というのは、終わりの時代に出現した多くの偽キリストたちの最終決定版というわけです。彼は政治権力・宗教的権力の療法を兼ね備えた天才で、サタンの働きによって登場したものです。

 彼は世界中があっと驚くような「しるしと不思議」を行います。(マルコ13:22、2テサ2:9、黙示録13:13-15)また、その時代にはこの「荒らす憎むべき者」(不法の人、滅びの子、獣)を拝んで、その数字である666の登録をしない者は経済機構から締め出されることになります(黙示録13:16-18)。

 

4.キリストの再臨

 

 しかし、この「荒らす憎むべき者」が自らを神として得意と傲慢の絶頂に達したとき、主イエスが栄光の雲の輝きのうちに再臨なさります。その前兆として天体に異象が現れます24、25節。

 13:24 だが、その日には、その苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、

 13:25 星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。

 

 そして、主イエスは栄光を帯びて再臨なさるのです。そして、荒らす憎むべき者は主の御口の息と栄光の輝きで滅ぼされてしまいます(2テサ2:8)。そして、世界中から神の民を集められるのです。主の再臨の前に死んだ人は復活し、その時まで生きている私たちは、主イエスの御座の前に引き揚げられることになります。

 こうして最後の審判が行われることになります。主イエスの御名を信じ従う者は永遠の御国を相続し、御名を信じない者には永遠のゲヘナの炎が用意されています。

 

結び

 偽預言者たちが出現し、民族紛争の頻発を見、地震が頻発しつつあり、世界的飢饉が到来しよううとしている現代。また、教会への迫害と、世界の民族への福音が完成し、イスラエル民族の改宗が起こりつつある今という時代は、すでに「生みの苦しみ」の時代から「教会と福音の印」の時代へと移ってきていることがわかります。世界的危機のなかで「荒らす憎むべき者」がいずれ登場するでしょう。そして、主イエスが再臨されます。目をさまして、神様を第一とする主の弟子としての歩みをし、主の再臨を喜びお迎えできるようにしたいと願います。あなたは主をお迎えできる生活をしていますか。そうでなければ、悔い改めて主を見あげましょう。「主よ。来て下さい。マラナ・タ!」