水草牧師の説教庫

聖書からのメッセージの倉庫です

律法から解放されて

ローマ書7章 1-13節                                                                                     

2018年5月13日朝拝説教

 序 

 ローマ人への手紙は、6章では「罪からの解放」ということがテーマでした。「私はもはや罪の奴隷ではない、神の奴隷である」という自覚的な信仰が大事なことを学びました。まあ、わかりやすい話だと思います。

 ところが、7章に進むと、驚いたことに今度は「律法からの解放」ということがテーマとなります。律法とは十戒をはじめとして旧約聖書に記された、神の数々の命令のことです。「あなたにはわたしのほかにほかの神々があってはならない。」「あなたな自分のために偶像を作ってはならない。」「あなたは主の聖名をみだりに唱えてはならない。」「安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ」「あなたの父母を敬え」「殺してはならない」「姦淫してはならない」「盗んではならない」「偽証をしてはならない」「あなたのとなり人のものを欲しがってはならない」。どれもこれも当然正しい命令です。クリスチャンが律法から解放されたとはどういう意味なのでしょう?

 混乱を防ぐために先に答えを言っておきますが、<律法から解放された者として、律法の要求を十二分に満たす>というのが、クリスチャンの生き方です。クリスチャンが聖化の道を歩んでいくためには、罪からの解放だけでは十分ではありません。律法からの解放が必要です。

 

1.厳格な夫=律法

(1)たとえの説明

 6章では罪と人の関係は、主人と奴隷に例えられましたが、7章では律法と人との関係は夫と妻との関係になぞらえられます。

 花子さんは、太郎さんと結婚しました。ところが、結婚してみてわかったのですが、太郎と彼女はまるで性格が合いません。といって、太郎が悪い人であるわけではなく、いつも正しく厳格で、一つの間違いもしないのです。そして、妻にいろいろのことを要求します。しかも、その要求は横暴な要求ではなく、いちいち正当な要求なのです。けれども、妻花子さんの方は何もしないでいたい方です。夫太郎は細かい点までいちいち正確で几帳面ですが、妻の方はでたらめです。こんな夫婦がどうしてうまくいくでしょうか。

 さて、花子さんは失敗したと思って、もう一人の男三郎の妻になりたいのです。三郎がいいかげんなわけではありません。三郎が花子に求めることは、今の夫よりももっと大きいのです。でも、大きな違いがあります。それは、三郎は、自分が求めることを妻が行おうとするときに十分に優しく励ましそして助けてくれるのです。

 けれども、律法では、夫が生きている間に他の男に嫁ぐならば、姦淫を犯したことになります。では、どうすればよいでしょうか。夫が死ねば再婚しても、姦淫にはなりません(3節)。ところが、太郎は決して死にません。殺しても死なないほど頑健です。

 では、夫が死なないなら、花子さんが夫から解放されるためにはどうすれば良いでしょう。自分が死ぬことです。自分が死んでしまえば、夫との契約は終わりますから再婚しても姦淫にはなりません。死んでしまえば再婚なんかできませんが。

 いったいこの譬えは何を言っているのですか。前の夫太郎さんは律法を指しています。第二の男三郎はキリストを指しています。そして、花子さんは私たちクリスチャンのことです。

 

(2)律法は私たちに自分の罪と無力を認めさせる

 イエス様を信じてクリスチャンとしての歩みを始めた人は律法を遵守して生活して行こうとします。「あなたにはわたしのほかにほかの神があってはならない。あなたは自分のために偶像を造ってはならない。主の御名をみだりにとなえてはならない。安息日をおぼえてこれを聖なる日とせよ。あなたの父と母を敬え。殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。嘘をついてはならない。隣人のものを欲しがってはならない。」(出エジプト20章)

 けれども、一生懸命律法を守ろうと日々努力してみると、自分がどうしても守ることのできない律法につき当たります。パウロの場合は、十戒の第十番目でした。7節から13節。

 7:7 それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。絶対にそんなことはありません。ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、「むさぼってはならない」と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。 7:8 しかし、罪はこの戒めによって機会を捕らえ、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです。

 7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪が生き、私は死にました。 7:10 それで私には、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが、わかりました。 7:11 それは、戒めによって機会を捕らえた罪が私を欺き、戒めによって私を殺したからです。

 7:12 ですから、律法は聖なるものであり、戒めも聖であり、正しく、また良いものなのです。 7:13 では、この良いものが、私に死をもたらしたのでしょうか。絶対にそんなことはありません。それはむしろ、罪なのです。罪は、この良いもので私に死をもたらすことによって、罪として明らかにされ、戒めによって、極度に罪深いものとなりました。

 

 家内の小学生時代のある日、学校でどんぐりを材料に工作をすることになりました。子供たちはどんぐりを十個ずつ持参することになっていました。「みなさん、机の上に自分のどんぐりを出してください。」と先生がおっしゃいました。「はーい」と皆がそれぞれ机の上にどんぐりを出しました。すると先生がおっしゃいました。「先生は職員室に忘れ物をしたので取りに行って来ます。でも、注意しておきますが、どんぐりを決して鼻の穴に入れてはいけません。」先生が教室を出て行かれました。ところが、クラスの中に大久保ひろし君という男の子がいました。この子は「ドングリを鼻の孔に入れちゃいけないんだ」とつぶやきながら、鼻の穴にはめました。他の子がゲラゲラ笑います。ひろし君も笑った瞬間、つい息を吸い込んだのでドングリが鼻の奥に入ってしまったのです。さあたいへん。大騒ぎになって病院に連れていかれました。  

 パウロ十戒の第十番目「むさぼってはならない。」という律法に捕まえられたのです。ユダヤ教徒のまじめな家庭に育ったパウロは9つの戒めは守っているつもりでした。第十番目の律法を本気で実行しようとしはじめるまでは、パウロは自分は正しい人間であると思っていました。けれども、本気で律法を実行しようとしはじめたときに、彼は自分がどんなに罪人であるかがわかりました。「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、その男奴隷、女奴隷・・・あるいは、その所有のいっさい。」パウロは、毎日毎日、律法の第十番目の戒めを唱えながら、一所懸命に「むさぼりの心」を起こすまいとしますが、そうすればするほど、むさぼりの思いが湧きあがってくるのをやめることができないことに気づきました。

 けれども、律法が悪いのではありません。律法を行うことができない私たち人間のうちに巣食っている罪が悪いのです。あの厳格な夫が悪いのではなく、グウタラな妻が悪いのと同様です。(12、13節)

 パウロにも、ついに律法を守ることによってクリスチャン生活を続けて行くことはできないと気づく日がきました。「ああ私は、ほんとうに惨めな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」 同様に、私たちもクリスチャンとして生活していくにあたって、自分の力で律法を守って生きようとするならば、ついに挫折するでしょう。また挫折しなければ、ほんとうにイエス様のたすけを求めようとしないほど、私たちはかたくなです。この「私は正しい」と主張してやまない自我を打ち砕き、キリストに「助けてください」と呼ばせるのです。そのために、律法が働きました。この「私は正しい」と主張してやまない自我こそ罪の根っこです。

 

(3)クリスチャンは死んだので、すでに律法からの解放されている

 では、どうしたら律法から解放され、キリストにあって生きることができるでしょう。夫が死んでほしいと思っても死なないように、律法から解放されたいと思っても、律法は永遠のものです。「この天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画も決してすたれることはありません。」(マタイ5:18)と言われる通りです。

 では、律法から解放されるためにどうすればいいのか。ここが大事です。私たちが死んでしまえば、律法の要求から解放されます。そして、実はキリストを信じキリストに結ばれた人はすでに死んでいるのです。したがって、私たちはキリストを信じたとき以来、律法の要求から解放されているのです。「私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。」(7章4節a)。バプテスマ(洗礼)を受けた人は、もうお葬式も終わっているのです。「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。」(6:4)。

 律法は「あれをしてはならない。これをしなさい。」と要求します。そして、その要求に答えない者は罪に定められ、罪は、死を要求します。しかし、キリストはすでに私たちの罪に対する律法の要求にしたがって、死なれました。キリストを信じる私たち自身もまた死刑になってしまいました。律法に対して死んでしまったのです。死んだ者に対してはもはや、律法はなにも要求できません。私たちの葬式は終わりました。律法はもう私たちに要求できません。このように、私たちはキリストを信じてバプテスマを受けたことによって、罪に対してだけでなく律法に対しても死んだので、すでに律法から解放されているのです。

 

2.キリストに結ばれて実を結ぶ

 

 こうして私たちは、新しい夫であるキリストに結ばれて、御霊を注がれて神様のために実を結ぶ者となるのです。

「私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです。」(4節)

 

(1)新しい夫、キリストの要求

 主イエスは私たちに、「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしの所にきなさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいにやすらぎがきます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11:28-30)イエス様にあって罪の重荷、律法の重荷を降ろしたのち、私たちは主イエスとくびきを共にして、主イエスのくださる荷を担って人生を歩んで行くのです。

 では、主イエスが私たちにくださる「負いやすいくびき」「軽い荷」とはなんでしょ  う。それは、主のご命令です。たとえば、

「『目には目で、歯には歯で』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとするような者には、上着もやりなさい。・・・『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ  5:38-44)

 これがどうして背負いやすく軽いくびきでしょうか。律法よりも、もっと要求水準が高いのです。律法が「奪うな」というならキリストは「与えよ」と言います。律法が「殺すな」というなら、主イエスは「愛せよ」と言うのです。

 

(2)新しい御霊によって仕える

 新しい夫であるキリストは、律法の水準ではなく、私たちに山上の説教(マタイ伝5章から7章)の水準を求めます。善悪を論じることでなく、十字架を負ってついて来ることを求めます。しかし、律法と決定的に違うことは、キリストは私たちに要求されると同時に、もし私たちが信仰をもって答えるならば、私たちのうちにあって、それを実行して下さることです。

 「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」このようにお求めになるとき、ある人は「こんなことは人間にはできないことですよ。」と言います。その人は敵を愛することはできません。けれども、信仰をもって「はい。私にはできませんが、おことばですから、あの人を愛します。」と答える人には、同時に主イエスは敵を愛する愛、敵のために祈る愛を注いで下さいます。あなたの信じる通りになるように。

 「あなたは施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。」主の御霊があなたの心にあって、このようにお求めになる時、信仰をもって「ハイ」とお答えするならば、主は同時に私たちが人の目の前にではなく、父なる神様の前に奉仕をする喜びを与えて下さいます。あなたの信じた通りになります。

 「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、傷物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。」このことばを聞いても「お金が大事です。やっぱり地上のことがすべてです。」と主のことばに反抗する人は、クリスチャンでありながら生涯地上の金銭に思いわずらって生きて行かねばなりません。しかし、主の命令に「ハイ」と信仰をを働かせて応答する者には、主イエスは天国の銀行がどんなにたしかですばらしいところであるかを見る目を開いて下さいます。そして、地上で富をも支配する自由な王として生きることができます。あなたの信じた通りになります。

 「さばいてはいけません。さばかれないためです。・・なぜあなたは、兄弟の目の中のちりには目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。」このことばを聞いても「でも、あの人は」と非難を続ける人は、神様に量り返されるのです。ですが、「はい」と人をさばく唇をとざして、主イエスのご命令に従う信仰の決意をする者の心から、主は裁く心を取り去って赦す心を恵んで下さいます。

 「しかし、今は、私たちは自分を捕らえていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。」

 

 結び 

   主イエスを信じ、キリストに結ばれた私たちは、罪という主人に対して死んだだけでなく、律法に対しても死んだのです。したがって、律法は私たちに、「ああしろ・こうするな」と要求することはできません。もはや律法の呪いに対する恐怖は終わりました。

   キリストは私たちに、旧約の律法よりも高水準の要求をなさいます。旧約が「嘘をつくな」と言えば、新約は「真実を語れ」と求めます。旧約が「盗むな」と言えば、新約は「貧しい人に施すために働け」と言います。旧約が「殺すな」といえば、新約は「生かせ」と求めるのです。

   今は、キリストに結ばれて、内側に聖霊をいただいて、聖霊の力によって、キリストのこれらのご命令にしたがって生きていくのです。律法に縛られて正しく生きるのではなく、キリストの愛に迫られて、新しい御霊によって主に仕える。それがクリスチャンの人生です。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恩寵のみ・信仰のみ・聖書のみ

ローマ1:16,17、3:19-24

恩寵のみ・信仰のみ・聖書のみ

2017年9月23日 JECA北海道聖会 第1回メッセージ

はじめに

 ご紹介にあずかりました、日本同盟キリスト教苫小牧福音教会牧師水草修治と申します。このたびは、この宗教改革500年の記念の年、皆さんの大切な集会にご奉仕にお招きいただき、光栄に思っております。小さな土の器ですが、主のご栄光のためにご奉仕させていただきます

 宗教改革の年に聖書信仰というテーマですし、通常よりも、長めの時間をいただいておりますから、通常の聖書の解き明かしとしての説教とともに、宗教改革における「聖書のみ、恵みのみ・信仰のみ」というスローガンとその背景の歴史についても紹介したいと思っております。

 さて、私たちは今日、自分用の聖書を何冊も所有し、いつでもそれを母国語で読むことができる環境にあります。また、教会に出かければ聖書の解き明かしを日本語で訓練された説教者によって聞くことができます。しかし、これは決して当たり前のことではありません。2000年間の教会の歴史の中で、信徒一人ひとりが自分で教会に出かけて母国語聖書を閲覧できるようになり、自分の国のことばで解き明かしを聞き、さらに個人的に所有までもできるように実際的になってそれほど時間がたったわけではありません。そのようになった発端としての出来事マルチン・ルターによって始まった宗教改革です。ドイツ宗教改革スローガンは「恵みのみ(信仰のみ)」「聖書のみ」ということでした。これから、その経緯を例話としつつ、ローマローマ1:16,17、3:19-24の解き明かしをします。

 

1.中世ローマ教会の悲惨

(1)教会で聖書が忘れられる

 宗教改革について語るには、どうしてもマルチン・ルターその人について語らなければなりません。宗教改革においても、神のみことばの真理は、やはり人格を通して明らかにされたのです。神はマルチン・ルターという強烈な個性の霊的経験を通して、聖書に啓示されながら千年間も曇らされていた信仰義認の教理を再発見させたからです。

 まずこのルターの時代のカトリック教会の悲惨な状況をお話ししましょう。キリスト教会の二千年の歴史をおおざっぱに区切りますと、まず1世紀から5世紀までが古カトリック教会時代と呼ばれます。この時代、教会は帝国の迫害下にありましたが、教父たちによって聖書が読まれ、豊かに解き明かされ、正統的教理を確立しました。

次の6世紀から紀元後15世紀の1000年間は中世カトリック教会と呼ばれます。キリスト教会帝国の国教とされて、政府と対峙するほどの権力と富と名誉をもつようになります。ゲルマン民族が入り込んでフランスイギリスドイツイタリアといった国々の原型ができてきますが、それぞれの地域でもキリスト教国家宗教の地位を保っていました。しかし、富と権力と名誉を持つようになった教会は堕落していきます。権力者は教会の力を利用して、ローマ教皇に誰がなるかということに権力者権謀術数をめぐらせるようになっていきます。

 この中世には、教会では聖書が読まれなくなって行きます。当時、権威ある聖書はらラテン語聖書ウルガタでした。古代においてはラテン語は日常語でしたから、会衆は問題なく聖書を理解し儀式のことばも理解することができました。ところが、ローマ帝国が崩壊してヨーロッパ大陸にいくつもの国が生まれ、それぞれの国で特有の言語ができあがってゆくと、ラテン語はただ学者聖職者のみが理解することができる言葉となっていきます。礼拝のすべては一般人では理解できないラテン語で行われます。この中世においては、礼拝の中心は、聖書説教でなく、ミサという迷信化した儀式となっていきました。こうした状況は、1960年代までカトリック教会で続きます。

(2)神人協働説

 中世教会の教えの根本的特徴は、救いは神と人が協力して働いて救いというものは成り立つのだという考えです。神人協動説と呼ばれます。神様の恵みが90パーセントに人間のわざ10パーセントで、救いが成り立つという風なことです。

 ローマ教会では、救いの確信をもってはいけない、それは思い上がりであると教えますが、その背景には神人協働説があります。カトリックの教えでは、神に背を向けた極悪人死後、地獄に直行して出てこられません。では、天国に直行するのはだれかといえば、聖母マリア、聖人たちだけであり、ほとんどのクリスチャンは死後、天国に直行できず、煉獄に落とされるのだと教えました。むかし、ヨーロッパに出かけるとき、直接飛行機で行けず、アンカレジ経由で行きましたが、カトリックでは煉獄経由でしか天国には行けないというのです。では煉獄で何をするかといえば、煉獄という文字が示すように、火の試練でさんざん苦しんで罪の償いを済ませたならば、天国に入ることができると教えます。神の恵みが90パーセントあっても、人間の行ないが10パーセント不可欠だとすると、人はこの世と煉獄で自分の罪の償いをしなければならないということになります。  

 でも、なかなか俗世に生きる一般クリスチャンたちは、自分で努力して罪の償いができません。そこで、教会から、マリヤペテロをはじめとする聖人たちが積み上げたありあまる功徳を買うことによって、煉獄での償いを免じていただくことができるという嘘を教えました。もちろん、こんな教えの根拠は聖書に何の根拠もありません。これが免償つまり、償いを免じるという教えです。昔免罪符といいましたが、免償状といったほうが正確です。生前の生き方において罪が残っていて、煉獄に落ちたならば、その償いとして煉獄で苦しまねばならないけれど、遺族が死んだ人のために免償状をお金で買うことによって補うことができるというのでした。そのお金聖ペテロ寺院建設資金となるというものでした。 以上がルターが立ち上がった時代のキリスト教世界の風景です。

 

2 恩寵のみ

(1)きまじめな修道士

 さて1483年、ドイツのマンスフェルトで、マルチン・ルターは父ハンス・ルターの次男として生まれました。父ハンスの教育方針ドイツ人らしい峻厳なもので、ルターを悩ませた峻厳な神のイメージはこの父親の落とした影ではないかと言われます。父ハンスは鉱山夫から身を起こして坑山の所有者となっていた人物で、自分の息子には学問と名誉を手に入れさせたいと考えました。それで、マルチンをエルフルト大学文学部(現在の教養課程にあたる)に進ませます。

エルフルト大学で学んだルターは、卒業間近に、同級生試験中に急性肋膜炎で急死するという経験をしました。このとき、ルターは死の恐怖を体験し、自分自身も厳格な聖なる審判者である神の前に立たねばならないことを意識するようになりました。 やがて、マルチンは文学部を終えて彼は父の命令にしたがって法学部に入りました。当時、身分制度社会のなかで法律家になることは庶民の出世のための登竜門であったからです。

ところが、神にはルターについて別の計画がありました。法学部にはいった直後、ルターは故郷のマンスフェルトからエルフルトに戻る途中、激しい落雷に見舞われます。彼は死の恐怖におののき、「聖アンナ様、お助けください。私は修道士になります。」と修道士として自分の身を捧げる誓いを立ててしまいました。こうしてマルチンは父の期待に背いて、アウグスティヌス会の修道院に入ってしまうのです。落雷に打たれたルターが神、キリストにではなく、聖アンナに向かって祈ったというのは、ルター中世の迷信に縛られていたことを示しています。

 さて修道士となったルターはきわめて謹厳な修道士でした。ルター自身が後年、述懐するところによれば、「ほんとうのところ、私は敬虔な修道士であった。私は非常に厳格に修道会の戒律を守ったので、次のように言うことができる。『もしこれまでひとりの修道士でも修道士生活によって天国に入ったのなら、私もそこに入れるだろう。』と。私を知っているすべての修道士仲間は、そのことを証言してくれるだろう。なぜなら、もっと長く続いていたなら、私は徹夜、祈り、朗読、その他の務めで自らを苦しめさいなみ、そのため死んでしまっていたことだろうから。」

 しかし、彼が修道に徹して知ったことは、いかに苦行を重ねても霊魂の汚れを決してきよめることはできないという事実でした。

 やがて、ルターは資格を得てミサにおける儀式文を朗読する務めを果たさねばならない立場になりました。ミサについては厳格なルールがありました。祭服は正しく着なければならない。儀式文の朗読は低い声で口ごもらず、正確でなければならない。司祭の魂の状態は正しくなければならない。祭壇に近づく前に司祭はすべての罪をざんげして赦免を受けなければならない。ルターは恐れおののきました。自分は魂の汚れたものである。もしこのままミサをささげたならば、ちょうどあのウジヤ王が、祭壇でささげものをしたときのように、神に打たれ額にツァラアトが現れたように、自分も神に打たれるのではないだろう、と。 

自分で罪を清めることができないので、ルターは同僚の修道士に自分の生まれてこのかた犯してきた罪を思い出すかぎり洗いざらい懺悔しました。これを痛悔と言います。彼は一日に何度も懺悔しましたし、いちどきに6時間も続けて懺悔したそうです。ゆるしてもらわなければならない罪を、記憶をくまなくさがして告白します。くまなく告白して立ち上がると、告白し忘れていた罪を思い出し、また告白するのです。聴聞司祭は疲れ果てて、叫んだそうです。「おい、君よ。神はおまえに怒ってはおられない。君が神に怒っているのだ。神が希望をもてと君に銘じておられるのを、君は知らないのか。」

人間はしばしば自分の犯した罪を忘れます。それどころか、良心の呵責すら感じないで罪を犯すのです。ルターのことばに、「アダムと女は禁断の木の実からとって食べるという罪を犯しながら、それも忘れて平気でエデンの園で夕涼みしていることができたではないか。」「ヨナは主のご命令に背きながら、船倉で熟睡していたではないか。」というのがあったと記憶します。

痛悔をしてみて、さらに彼は恐ろしい自分の罪を知ることになります。痛悔とは洗礼後に犯した罪が赦されるために設けられたローマ教会の秘蹟ですが、痛悔には完全痛悔と不完全痛悔があるとされます。

完全痛悔とは、「父である神と救い主イエス・キリストを愛する心から、その愛に背き、その恩を無視したという理由から、犯した罪を悔やみ、忌み嫌う」ことであり、完全痛悔する者のみが神に罪を赦していただけるのです。

他方、不完全な痛悔とは「罪を罰する神の正義を考え、地獄、煉獄、この世における神の罰を恐れて、犯した罪を悔やみ、忌み嫌うこと」です(『カトリック要理』)。不完全な痛悔では神と和解することはできない、とされるのです。

 ルターは不完全な痛悔に陥ってにっちもさっちもいかなくなってしまいます。というのは、ルターは神の正義と神の下す罰にふるえおののいていたからです。ルターは、自分が神を信じるといっているのは、煉獄の罰から救われたいという動機からにすぎず、神を愛し、罪を憎んでいるからではありませんでした。自分は自己追求という罪によって汚れており、この自己追求こそ罪の根源でした。そして、どんなに苦行しても自己追求という罪から逃れることができない醜い自己に絶望したのでした。まさにローマ書3章19-20節のいうとおりです。

「3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。 3:20 なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。」

 

(2)エラスムスが卵を産み、ルターがかえした

 ルターはいかなる意味でも、自力救済の道は閉ざされていることを認めました。悩むルターは、人に勧められてヴィッテンベルク大学の一角の塔の一室で聖書研究を始めます。

聖書を読むことは、現代では私たちプロテスタントキリスト者にとってあまりにも当たり前の習慣でしょう。しかし、当時のローマ教会では修道士でさえも、聖書を読むことは当たり前のことではありませんでした。

 先に申し上げたように、古カトリック教会の時代には教会は聖書に取り組んで、教父たちは豊かな聖書講解や注解が残されていますが、中世に入りますと教会の礼拝の中心はミサを中心とする儀式にあずかることになっていきます。

 しかし、やがてルネサンスが始まります。ルネサンス運動は、ギリシャローマ芸術文学や思想に素晴らしいものがあったのだということを発見し、その復興を志します。その中でそして、その古代文学や思想を正確に知るために、ギリシャ語ラテン語で原典を読む運動が始まりました。こういう学問を身に着けた人々をフマニストと呼びます。現代いうヒューマニズムとは意味がちがいます。人間の人間たるゆえんはことばを操ることである。だから、古典を正確に読むことによって、人間を復興できると考えるのです。ですから、フマニストは人文主義者と訳します。

 ルターの時代、ヨーロッパ世界随一のフマニストがエラスムスでした。エラスムス新約聖書ギリシャ語校訂版を作ったのでした。ルターエラスムスによる校訂ギリシャ語聖書の第二版を読み、そこに福音を発見したのです。宗教改革について、「エラスムスが卵を産み、ルターがそれをかえした」と言われる所以です。

 

(3)「恵みのみ」sola gratiaの発見

 ところが、ローマ書を研究しはじめたルターは、すぐにその一章十七節につまづいてしまいました。「神の義は、その福音のなかに啓示されている。」

ルターはこの「神の義」とは、神が正義であり、その義によって罪人を罰する義であると考えました。神は、律法を行うことができずにうちひしがれている罪人を、福音のうちに啓示される義によってさらに苦しめていると彼は誤解したのです。ルターは後年、次のように言っています。

「私は義にして罪人を罰する神を愛さず、むしろ神を憎んでいた。なぜならば、私は非の打ち所のない修道士として生きて来たにもかかわらず、神の前で自分が良心の不安におののく罪人であると感じ、私の償罪の行いによって神と和解していると信じることができなかったからである。」

 しかし、やがて聖霊ルターに福音の真理を明らかにされました。すなわち、ローマ書にいう「神の義」とは、正義の神が罪人をさばく義でなくて、神が罪人にお与えになる贈り物としての義であると悟ったのです。ローマ書3章21-24節にあるとおりです。

 「 3:21 しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。 3:22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、 3:24 ただ、神の恵みにより、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」

ルターは言います。「神の義は、この方が義である義ではなく、われわれがこの方により義とされる義と解されねばならない。」(「ローマ書」)神は、罪人がいかに修業しようと自分を義とできないので、キリストの義を贈り物として与えてくださったのです。これが、人は行いによらず信仰によって義とされるという使徒パウロの福音の発見、「恩寵のみ」という宗教改革の原理でした。

 その恩寵を受け取るのが、乞食の空っぽの手としての信仰です。それで、「恩寵のみ」と「信仰のみ」は同じことを意味しています。救いは、神の恵みと、人間のわざとがともに働いて成し遂げられると教えていたローマ教会に対して、いや、救いはただ神の恵みによって成し遂げられるのである。人間はただその恵みを、乞食のように空っぽの手でありがとうございますと受け取るのみであるということです。

 「恩寵のみsola gratia、信仰のみsola fide」です。

 

3 「聖書のみ」・・・宗教改革

 当時、ローマ教会は聖ペテロ寺院改築のために免償状を売り出していました。ローマ教会では、クリスチャンとは言っても、聖母マリヤや聖人しか死後天国に直行することはできず、ほとんどのクリスチャンは煉獄に落ちると教えました。そして、煉獄の苦しみを減らしてもらうには、教会から免償状を買えばよいと教えたのです。免償状説教者は、「免償状を買う者の金がチャリンと献金箱の中に落ちるとき、その者のあらゆる罪は赦され、さらに煉獄で苦しんでいるその人の親も罪赦されて天国へと移される」と説いていたのです。日本風にいえば、追善供養です。

 1517年10月31日ルターはこれに抗議して、「九十五か条の提題」を発表しました。彼としては宗教改革など起こすつもりはなく、ただ神の御前における罪が免償状を買うという安易な行ないによって赦されるという教えは、魂を永遠の滅びに陥れる危険なものであるとして、抗議をしたのです。彼がいいたかったことは、

<人は免償状を買って、「神に罪赦された、平安だ」と思った瞬間、滅びてしまう。逆に、人は自らは神の御前に滅ぶべき罪人であると恐怖しておののくときにこそ、ただキリストのうちに贈与としての義を見いだす道が開かれる。>という、ルター自身が体験し聖書見出した福音の真理でした。

 ルターは、ただ聖書の博士として教会の教えを正したいと思ったにすぎません。ところが、神のご計画は違っていて、事態はこの後、ルターにとって思いがけない方向へと展開してゆきます。ローマ教会当局は、ルターにその見解を取り消さなければ異端として破門すると通告して来たのです。

一五一九年のライプチヒ論争では、ルターは、100年ほど前(1415年)教皇に盾突いて火刑に処せられた、ボヘミヤのヤン・フスと同意見の異端であると断じられました。しかし、さらにルターは文筆活動をもって教皇制度の批判を展開していきます。そのため、彼はついに教皇から破門状を出されますが、これをヴィッテンベルクの全学生の前で公然と焼却してしまうのです。

 さらにルターは1521年4月16日から26日のヴォルムス国会に召喚され、その著書を取り消すことを最終的に求められました。拒否すれば、ヤン・フスと同じように火刑が待っているという状況です。時にルターは言いました。

皇帝陛下ならびに領主が単純な答えを求めておられますので、私は両刀論法を使わずに、次のように答えたいと思います。即ち、聖書の証しによって、あるいは明白な理由と根拠によって--なぜなら、私は、教皇公会議もそれだけでは信用していません。というのも彼らがしばしば過ちを犯し、矛盾したことをいってきたのは明白なのですから--克服され、納得させられないかぎり、私はすでに述べたように、聖書に信服し、私の良心は神のみ言葉にとらわれているのですから、私は取り消すことはできないし、また取り消そうとも思いません。(後略)」

これぞ宗教改革の形式原理「Sola Scriptura聖書のみ」の宣言でした。

ヴォルムスの国会が終わって処分が下る前に、ルター5月17日に数名の騎士たちに捕らえられて行方不明となってしまいます。暗殺されてしまったのだという噂が流れ、ドイツの希望は消えたと嘆くむきもあったが、実際には、ルターを支持するフリードリヒヴァルトブルク城に彼をかくまったのでした。ルターは、そこで歴史上はじめて聖書ドイツ語訳をしてゆくのです。まさに、「聖書のみ」を具体化・現実化していったのです。

結論 宗教改革の二大原理

(1)「聖書のみ sola scriptura」:形式原理

 ルターの足取りから宗教改革の二大原理があきらかになりました。宗教改革の形式原理と言われるのは、「聖書のみ」が教会における第一の権威であるということです。ローマ教会は今日に至るまで聖書とともに「聖伝」というものを教会の権威としています。『カトリック要理』によれば、「聖伝とは古代教会の信仰宣言、公会議、教導職の証言、古代教会の記録、教父たちの著作、古代からの礼典などによって示されている」もので、これらは「使徒たちがキリスト聖霊から受け、教会に伝えた」とされています。ルターは<「聖伝」も過ちを犯し矛盾したことを言っており、ただ聖書のみが教会の上に立つ権威である。そして、公会議はそれ自体は信仰を拘束する権威を持つものではなく、ただ聖書と一致するかぎりで承認されるものである>(『公会議と教会について』)。教会にとっての権威は、「聖書のみ」です。

(2)「恩寵のみsola gratia、信仰のみsola fide」:実質原理

 では、形式原理たる聖書が宣言する真理の中核つまり実質原理はなんでしょうか。それは、「恩寵のみ、信仰のみ」です。「恩寵のみ」は客観的な言い方で、「信仰のみ」は人間の側からの主体的な言い方ですが、両者とも実質的に同じことを意味しています。

 「今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であて、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。」(ローマ三:二十-二二)

 神は罪人に律法と福音によって働きかけられます。律法は人間が何をなすべきかを教え、かつそれをなし得ない罪の病の現実をあらわにし、福音はこれを癒す薬を与える。福音のうちには神が罪人に与える贈り物としての義が啓示されていて、人はこれをただ信仰によってのみ受け取るのです。しかも、その信仰は、聖霊によって引き起こされる再生の最初の要素です。したがって、罪人の救いは100パーセント神の恵みにかかっている。まさに、「恩寵のみ Sola Gratia」です。

ただ神にのみ栄光を(Soli Deo Gloria)

2列王22章 
2017年9月 JECA北海道 第2回目メッセージ   ツヴィングリ
 
 宗教改革のスローガンといえば、まずは、ドイツの宗教改革では、「Sola Scriptura、聖書のみ」「Sola Gratia恵みのみ」「Sola Fide信仰のみ」です。スイスの宗教改革は、それに加えて、「Soli Deo Gloria」つまり、「ただ神にのみ栄光を」となります。第二回目のお話は、このことについて、列王記のヨシヤ王による改革。

 

1.神殿修理を志す

  2列王22:2 「彼は【主】の目にかなうことを行って、先祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった。」

 ヨシヤ王は、この2節に要約されるような、たいへん神に忠実な人でした。その生涯の事跡を見るならば、「先祖ダビデ」以上に右にも左にもそれることのなかった、まじめで立派な人物であったことがわかります。彼が王に即位したのは、わずか8歳のときのことでした。

 ヨシヤ王が8歳で王となったとはいえ、8歳の子どもに王としての務めが果たせるはずもありませんから、彼が長じるまでは、側近の人々、摂政にあたる者が強力な助言者となって政治を進めたものと思われます。18歳になったヨシヤ自身が実力をもって、王として行った最初のことが次に記されています。

  同22:3 「ヨシヤ王の第十八年に、王はメシュラムの子アツァルヤの子である書記シャファンを【主】の宮に遣わして言った。『大祭司ヒルキヤのもとに上って行き、【主】の宮に納められた金、すなわち、入口を守る者たちが民から集めたものを彼に計算させ、・・・宮の破損の修理をさせなさい。』」
 ヨシヤ王が明確に自らの意思で行なおうとしたことの第一は、経済でも軍事でもなく、宮の修理でした。ヨシヤの意識のなかに、真の神への礼拝こそ、この国の心臓部であるという認識があったからでしょう。エルサレム神殿は、長年、補修もされることなく放置され荒れ放題になっていたのです。ヨシヤ王の前は父アモン、アモン王の前は祖父マナセ王であり、いずれも神にそむいた悪い王でした。格別、マナセ王はヤロブアム以来の偶像にまみれた悪しき王でした。


同21:3-6「 彼は、父ヒゼキヤが打ちこわした高き所を築き直し、バアルのために祭壇を立て、イスラエルの王アハブがしたようにアシェラ像を造り、天の万象を拝み、これに仕えた。彼は、【主】がかつて、「エルサレムにわたしの名を置く」と言われた【主】の宮に、祭壇を築いたのである。こうして、彼は、【主】の宮の二つの庭に、天の万象のために祭壇を築いた。また、自分の子どもに火の中をくぐらせ、卜占をし、まじないをし、霊媒や口寄せをして、【主】の目の前に悪を行い、主の怒りを引き起こした。云々・・・」


マナセ王の悪業は21章16節に要約されています。

「マナセは、ユダに罪を犯させ、【主】の目の前に悪を行わせて、罪を犯したばかりでなく、罪のない者の血まで多量に流し、それがエルサレムの隅々に満ちるほどであった。」

 こんなありさまでしたから、アシェラとかバアルの神殿ばかりが、毒々しい色ににぎにぎしく飾り立てられて栄え、他方、まことの天地万物の創造主の神殿はまるで顧みられないという状態であったのです。このことに若きヨシヤ王は胸をいためました。ヨシヤはまことの神をないがしろにしてはいけないではないかと思いました。この時点において、ヨシヤが偶像をすべて捨てることまで考えていたかどうかは、わかりません。ただ、主の宮が顧みられないでいることに心痛めたので、神殿の修理を思い立ったのです。

しかし、この神殿修理が大きな出来事を引き出すことになります。

 

2.律法の書の発見
 
さて、エルサレム神殿を修理するために内部の調査をしていた大祭司ヒルキヤは、神殿で古ぼけた巻物を発見しました。開いてみると、それは律法の書です。今、私たちがいう申命記です。律法の書は大祭司から書記シャファンへ、そして書記シャファンは、王の命令にしたがったことを報告してから、王の前でこの律法の書を読み上げたのです。すると、ヨシヤ王は、衝撃を受けて衣を引き裂いたのです(22:11)。
 なぜ、王は衣を引き裂いたのでしょうか。それは律法の書が教えている神の戒めを、今自分が王として治めているユダの国がことごとく破っており、このままでは、早晩、神の裁きがこの国にくだることは火を見るよりも明らかだったからです。申命記5章には十戒が記されています。

 

「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、【主】である。あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、【主】であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。・・・」

 

 


 律法の書はこのように命じていましたが、エルサレムと南ユダ王国全土は、アシェラ像、バアル像で満ち、高きところで行われる偶像崇拝も民を汚染していました。まことの神はあなどられ、その安息日は軽んじられ、偶像の宮ばかりが栄えていたのです。
 そして、律法の書はイスラエルが神に背くならば、神はかならずやこの国に恐ろしい裁きをくだされるという警告をしていたのです。これは28章に詳しく記されています。抜粋してみましょう。


「もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声に聞き従わず、私が、きょう、命じる主のすべての命令とおきてとを守り行わないなら、次のすべてののろいがあなたに臨み、あなたはのろわれる。あなたは町にあってものろわれ、野にあってものろわれる。あなたのかごも、こね鉢ものろわれる。あなたの身から生まれる者も、地の産物も、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊ものろわれる。あなたは、入るときものろわれ、出て行くときにものろわれる。【主】は、あなたのなすすべての手のわざに、のろいと恐慌と懲らしめとを送り、ついにあなたは根絶やしにされて、すみやかに滅びてしまう。これはわたしを捨てて、あなたが悪を行ったからである。(中略)
かつて【主】があなたがたをしあわせにし、あなたがたをふやすことを喜ばれたように、【主】は、あなたがたを滅ぼし、あなたがたを根絶やしにすることを喜ばれよう。あなたがたは、あなたが入って行って、所有しようとしている地から引き抜かれる。【主】は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。あなたはその所で、あなたも、あなたの先祖たちも知らなかった木や石のほかの神々に仕える。これら異邦の民の中にあって、あなたは休息することもできず、足の裏を休めることもできない。【主】は、その所で、あなたの心をおののかせ、目を衰えさせ、精神を弱らせる。あなたのいのちは、危険にさらされ、あなたは夜も昼もおびえて、自分が生きることさえおぼつかなくなる。」

 これが朗読されたのを聞いたヨシヤ王が衣を引き裂いたのは当然でした。「私たちは、主なる神の前にとんでもない犯してしまった、このままでは神の怒りがこの国に下る日は近い。ただちに悔い改めなければならない。」とヨシヤ王は決心したのです。
ヨシヤとしては、とりあえず神殿の修理をしなければ、と思ってはじめたことですが、そこで見出された神のことばに押し出されて、彼は行動を始めるのです。

 

3.みこころを求めて、長老たちにも律法を周知する

 そこで、ヨシヤ王はこの律法に背いた民に対する主のみこころを求めました。女預言者フルダという人物に、主のみこころを尋ねさせたのです。律法の書が発見され、自分なりの理解では神の怒りはこの国に燃え上がり、このままでは早晩その裁きが下ると思われましたが、やはり適切な専門家に確認してみるべきであると判断したヨシヤでした。


22:12 「王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記シャファン、王の家来アサヤに命じて言った。『行って、この見つかった書物のことばについて、私のため、民のため、ユダ全体のために、【主】のみこころを求めなさい。私たちの先祖が、この書物のことばに聞き従わず、すべて私たちについてしるされているとおりに行わなかったため、私たちに向かって燃え上がった【主】の憤りは激しいから。』
彼女は彼らに答えた。「イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『あなたがたをわたしのもとに遣わした人に告げよ。
【主】はこう仰せられる。見よ。わたしは、この場所とその住民の上にわざわいをもたらす。ユダの王が読み上げた書物のすべてのことばを成就する。
彼らはわたしを捨て、ほかの神々に香をたき、彼らのすべての手のわざで、わたしの怒りを引き起こすようにした。わたしの憤りはこの場所に燃え上がり、消えることがない。』
【主】のみこころを求めるために、あなたがたを遣わしたユダの王には、こう言わなければなりません。『あなたが聞いたことばについて、イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。
あなたが、この場所とその住民について、これは恐怖となり、のろいとなると、わたしが言ったのを聞いたとき、あなたは心を痛め、【主】の前にへりくだり、自分の衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる。──【主】の御告げです──
それゆえ、見よ、わたしは、あなたを先祖たちのもとに集めよう。あなたは安らかに自分の墓に集められる。それで、あなたは自分の目で、わたしがこの場所にもたらすすべてのわざわいを見ることがない。』」彼らはそれを王に報告した。」

 女預言者フルダから返された主のことばの内容は微妙なものでした。というのは、この罪を悔いたヨシヤ王にかんしては、よいことが告げられましたが、ユダ王国全体については、さばきがないとは云われませんでした。

 そこで、ヨシヤ王はユダ王国の民全体に悔い改めをさせるために、民の長老たちを一人残らず集めて、彼らに律法の書を朗読して聴かせることにしたのです。この宗教改革への思いを自分ひとりの中で持っているのではなく、民全体が共有しなければならないと考えたからです。

 「すると、王は使者を遣わして、ユダとエルサレムの長老をひとり残らず彼のところに集めた。王は【主】の宮へ上って行った。ユダのすべての人、エルサレムの住民のすべて、祭司と預言者、および、下の者も上の者も、すべての民が彼とともに行った。そこで彼は、【主】の宮で発見された契約の書のことばをみな、彼らに読み聞かせた。それから、王は柱のわきに立ち、【主】の前に契約を結び、【主】に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の命令と、あかしと、おきてを守り、この書物にしるされているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみな、この契約に加わった。」

 

 

 

5.改革実行

(1)偶像破壊


  23:4 それから、王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、および、入口を守る者たちに命じて、バアルやアシェラや天の万象のために作られた器物をことごとく【主】の本堂から運び出させ、エルサレムの郊外、キデロンの野でそれを焼き、その灰をベテルへ持って行った。
23:5 彼はまた、ユダの王たちが任命して、ユダの町々やエルサレム周辺の高き所で香をたかせた、偶像に仕える祭司たちを、また、バアルや太陽や月や星座や天の万象に香をたく者どもを取り除いた。
23:6 彼は、アシェラ像を【主】の宮から、エルサレムの郊外、キデロン川に運び出し、それをキデロン川で焼いた。彼はそれを粉々に砕いて灰にし、その灰を共同墓地にまき散らした。
23:7 さらに、彼は【主】の宮の中にあった神殿男娼の家をこわした。そこでは、女たちがアシェラ像のための蔽いを織っていたからである。
23:8 彼はユダの町々から祭司たちを全部連れて来て、ゲバからベエル・シェバに至るまでの、祭司たちが香をたいていた高き所を汚し、門にあった高き所をこわした。それは町のつかさヨシュアの門の入口にあり、町の門に入る人の左側にあった。
23:9 高き所の祭司たちは、エルサレムの【主】の祭壇に上ることはできなかったが、その同輩たちの間で種を入れないパンを食べた。
23:10 彼は、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテを汚し、だれも自分の息子や娘に火の中をくぐらせて、モレクにささげることのないようにした。
23:11 ついで、ユダの王たちが太陽に献納した馬を、前庭にある宦官ネタン・メレクの部屋のそばの【主】の宮の入口から取り除き、太陽の車を火で焼いた。
23:12 王は、ユダの王たちがアハズの屋上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが【主】の宮の二つの庭に造った祭壇を取りこわし、そこから走っていって、そして、その灰をキデロン川に投げ捨てた。
23:13 王は、イスラエルの王ソロモンがシドン人の、忌むべき、アシュタロテ、モアブの、忌むべきケモシュ、アモン人の、忌みきらうべきミルコムのためにエルサレムの東、破壊の山の南に築いた高き所を汚した。
23:14 また、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、その場所を人の骨で満たした。
  23:15 なお彼は、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所もこわした。高き所を焼き、粉々に砕いて灰にし、アシェラ像を焼いた。


(2)過ぎ越し祭り復興
 ヨシヤ王が行った改革の積極面は、過ぎ越しの祭りを律法に書かれているとおりに復興したということです。私たちは驚いてしまうのですが、過越しのいけにえというもっとも中心的ないけにえ、・・・今でいうと聖餐式が、それまでまともに守られたことは、一度もなかったというのです。

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  23:21 王は民全体に命じて言った。「この契約の書にしるされているとおりに、あなたがたの神、【主】に、過越のいけにえをささげなさい。」
23:22 事実、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代からこのかた、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえがささげられたことはなかった。
23:23 ただ、ヨシヤ王の第十八年に、エルサレムでこの過越のいけにえが【主】にささげられただけであった。
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 ヨシヤ王による宗教改革は、このように、発端は18歳になった王が神殿修理を思い立ったことでした。ところが、そこで律法の書が発見されて、朗読され、王が衣を引き裂いて悔改めたということによって急速に自体は展開し、偶像礼拝の破棄と、まことの過越しの祭りの実施へと進んだのでした。
 しかし、残念ながら、ヨシヤ王は志半ばにして戦死してしまうのです。このヨシヤ王の宗教改革と最期を読むとき、私はスイス・チューリッヒ宗教改革者フルドライヒ・ツヴィングリを思い出すのです。


6.適用 チューリヒのツヴィングリ・・・宗教改革の徹底

 宗教改革といえば、ドイツのルターが1517年に始めたことが特に有名ですが、ルターと同世代に神様はフルドライヒ・ツヴィングリという人物を、スイス・チューリッヒに起こされました。彼のことを紹介します。その宗教改革は、「聖書のみ」「信仰のみ」であるという根本原理はルターと同じです。当時の教会は聖書から離れて、迷信化したもろもろの儀式を行ない、その儀式に参与することによって救われると教えていました。特に免償状を買ったら、その献金がチャリーンと献金箱に落ちたとき、煉獄のたましいが天国に行くなどと教えていました。こんなことは聖書のどこにも書かれていません。
 こうしたことに、ツヴィングリは反対し、教会は聖書のみに立つべきであり、聖書は人は信仰のみによってこそ救われると教えていることを告げました。ただ、彼の場合、教会改革とともに熱心に偶像を排除し社会改革にも積極的に取り組もうとした点に特徴がありました。ルターは聖書が禁じていないならば、教会のもろもろの習慣はまあよいとしていたのですが、ツヴィングリはこと礼拝にかんしては聖書が定めていることのみをすべきだという原理に立ちました。そして、同時にチューリッヒ市当局にも積極的に働きかけて社会改革を進めたのです。同じ路線では彼を先駆者として、後にカルヴァンが起こされます。この宗教改革の流れを改革派といいます。
 ツヴィングリは、1506年グラールスの司祭となり、従軍司祭としてイタリア戦争の悲惨を経験します。1513年から人文主義運動に参加し、ギリシャ語・ヘブル語で聖書を研究し説教をすることを通して聖書中心的な思想を固めていくのです。人文主義は、ルネサンスにおける古典原典に立ち返れという学問的運動です。当時のヨーロッパ世界では学問はラテン語が用いられておりました。聖書もラテン語訳聖書が公認聖書とされて、その翻訳を根拠として教会は神のことばから離れたことを教える向きもありました。そこで、ツヴィングリは聖書をギリシャ語・ヘブル語本文に立ち返って、正確に読み取って、説教することを始めたのです。マタイ福音書1章1節からの連続講解説教です。そうして、聖書の示す道からはなはだしく外れてしまったローマ教会を批判するようになってゆきますが、なお彼はその改革に立つほどの覚悟はありませんでした。

 ところが、1519年、転機が訪れます。チューリヒの司祭となっていた一五一九年にペストにかかって死線をさまよう経験をしたのです。このとき、次のような詩を書いています。

 
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   ペストの詩[ 原典宗教改革史pp235-236](病の始まりのとき)  
助けたまえ、主なる神よ、助けたまえ、この苦しみから。
死は間近に迫っております。
私のそばにお留まりください、基督さま、あなたは死を克服されたのですから。
(中略)
けれども、あなたの命令で人生の最盛期に、死がやってくるのであれば、
ただただそれに従います。あなたの望まれるようになさってください、委細構わずに。
私はあなたの器であり、作るも壊すも自由になさってください。
私の魂をこの世界から奪うのであれば、世界がこれ以上悪くならないように、
他の人々の敬虔で明るい生活が汚されることがないようになさってください。
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 ペストは不治の病でした。そのペストが癒されたとき、ツヴィングリは神が自分を教会改革に召しておられることを確信し、立ち上がりました。ツヴィングリは勇気を出して、聖書に書かれていないローマ教会の迷信的なプログラムや偶像礼拝を徹底的に排除することを始めました。ツヴィングリによる改革は修道院解散、ミサの廃止とプロテスタント化、教会堂内の聖像・聖画の追放、さらに貧民救済・教育機関の設置など実際的なことに及び、チューリヒ市の政治的問題にも積極的に発言しました。ツヴィングリにとって、信仰生活と政治や日常生活は不可分のものであり、生活の全領域を神の主権の下に置こうとしたのです。Soli DEo Gloriaです。
ツヴィングリのなかで、政治と教会の区別は截然とはしていませんでした。カトリック勢力に立つ町々と、プロテスタント主義に立つ町々が戦争となりました。牧師がその戦いに自ら立つことは珍しいことでしたが、ツヴィングリは自ら剣を取って立ち、乱戦のうちに戦死したのです。

 

結び
 ツヴィングリの宗教改革は、古代ユダ王国のヨシヤ王による改革を彷彿とさせるものがあります。偶像の徹底排除と社会改革への取り組みがその特徴でした。ですが、反面、教会と政治の区別というものが明瞭ではなかったというのが、彼の改革の問題点であると一般に指摘されます。ツヴィングリは、志半ばにして、自ら剣を取って戦争に加わり、戦死してしまいました。そんなところまで、志半ばに戦地にたおれたヨシヤと重なるところがあるのです。
 彼の働きはこのあとブリンガーという改革者に引き継がれ、さらにジュネーブで改革をしていたカルヴァンたちの働きと合流していくことになります。このスイスの宗教改革運動は、改革派と呼ばれることになります。その理念は、「改革された教会は常に改革されなければならない (Ecclesia reformata semper reformanda.)」です。
 宗教改革とて人間のしたことですからもちろん欠けもあるのです。しかし、過去の先達を批判するのはたやすいことです。私たちとしては自分たちの教会の、また日常生活のなかから偶像を排除し、生活の全領域で聖書にしたがって、神の栄光をあらわすという点、このスイスの宗教改革者に学びたいと思うのです。スイス宗教改革のスローガンは、「聖書のみ」「信仰のみ」に加えて「ただ神にのみ栄光を」「改革された教会は常に改革されなければならない」です。

高い地位にある人々のために祈る

2:1 そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。 2:2 それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。 2:3 そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。

2:4 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。
2:5 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。 2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。(1テモテ2:1-5)

 

 エペソ教会の牧会者テモテは、まず王とすべての高い地位にある人たちのために祈るべきだった。それは、キリスト教会が神を畏れて平安な一生をすごすためだった。権力者が悪魔の誘惑によって暴走するならば、キリスト者を弾圧し敬虔で平安な一生をすごすことが出来なくなってしまう。だから彼らが悪魔の影響から脱するように祈らねばならない。
 権力者たちのために祈ることは、「良いことであり、神に喜ばれること」とは思えない状況が初代教会にはあったのだろう。権力者はキリスト者たちを弾圧し、伝道者を逮捕していたから、権力者は悪魔の手先であるという意識を多くのキリスト者たちも抱かざるをえなかったのかもしれない。事実、権力者が悪魔の手先としてふるまうことは往々にしてあることだとは、黙示録13章など聖書が教えていることである。
 しかし、権力ある立場にある人々もまた滅び行くみじめな罪人たちであり、神は彼らも「救われて真理を知る」ようにと望んでおられる。4節、5節で「すべての人」というのは、こうした文脈からいうならば、「庶民だけでなく悪魔の手先にされている王や高い地位にある人々も含めて」という意味である。つまり、ここにいう「すべての人」とは「身分の低い者も高い者も」という意味。
 従って、高い地位にある人々のための祈りの課題は、
天皇や立法・行政・司法の指導者たちが、サタンの誘惑に陥って傲慢にならず、謙虚に知恵をもって、平和を維持し、格差を是正する政治を行うように。
②彼らもまた悔い改めて主イエスを信じて救われるように。

愛とタラント

マタイ25:14-30、1コリント13:1-3

2018年5月 特別会議MBC

 

 私たちは、主の再臨を生きている間にお迎えするにせよ、あるいは、再臨の前に肉体の死という形で、主の前に立つにせよ、主の前にこの世における奉仕の生涯に関して収支報告をすべきときがやってきます。

 

1.それぞれにタラントを託された

 

25:14 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

 25:15 彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

 

 主人は旅に出かけるにあたって、三人のしもべたちに自分の財産を預けて管理をゆだねます。ある人には5タラント、ある人に2タラント、ある人に1タラントというふうに。古代イスラエルにおける通貨の単位で1タラントは6000デナリで、1デナリは労働者の一日の賃金ということですから、仮に時給1000円として計算すると、4800万円という大金です。したがって、2タラントは9600万円。5タラントは2億4000万円にあたります。この主人はずいぶんなお金もちなのです。ですから、「1タラントの人はちょっぴりしか託してもらえなくて、ひがんでまじめにやらなかったのではないか?」などという推測はあたりません。

タラントは、イエス様が私たちに託された、「賜物」であるということが出来ましょう。イエス様が1タラントということを言われたのは、私たちひとりひとりに期待して、主が託されるものは異なるけれども、誰であれ主が託してくださった賜物は豊かなものです。

  では、主があなたに託されたタラント・賜物とはなんでしょうか。1コリント13章の前のほうに出てくる、異言、預言、強い信仰、慈善、殉教と言ったのは賜物です。ローマ書12章には、奉仕、教え、勧め、指導といった賜物が書かれています。いわゆる超自然的なものであれ、自然的なものであれ、神様から託された能力は賜物です。自分は何もかも普通で・特別な賜物はなにもない、と嘆く人がいたら、それほど平凡であることは非凡なことですから、それもまた主が託されたタラントでしょう。

 三浦綾子さんは、あるとき、与えられた大病が主に託されたタラントであることに気づきました。気づかなければ、毒のある不平ばかり言って周囲の人々をつまづかせて終わりだったでしょう。でも、この病気はタラントなんだと気づいて、そのことを文章に書かれました。そのことによって、どれほど多くの人々が励ましを受けたことでしょう。

 神様が私たちを創造し、この世界に置かれた以上、あなたの存在そのものがタラントなのです。

 

2.愛が肝心・・・それぞれのしもべのことばから

 

25:16 五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。 25:17 同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。

 25:18 ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。 25:19 さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。 25:20 すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

 25:21 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』 25:22 二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』

 25:23 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

 

 5タラントの僕と2タラントの僕は、二人とも、忠実に、大胆にのびのびとそして熱心に活用しました。その結果、5タラントの人はさらに5タラント、2タラントの人はさらに2タラントもうけることができました。彼らは、主人に信頼されてこれほどの大金を託してくださったことを光栄に感じて、主人の期待に応えて、一生懸命にやったのでしょう。彼らは主人のことを愛していました。これが肝心です。

やがて主人が帰ってきました。このときの主人のことばから、主イエスのお心についていくつかのことがわかるでしょう。第一は、2タラントのしもべについても、5タラントのしもべについても、主人のほめることばは全く同じだという点です。人間の主人であれば、きっと5タラントもうけてくれた僕のほうを、2タラント儲けてくれた僕よりもほめるのではないでしょうか。でもこの主人は、それぞれ託されたものに関して誠実に一生懸命またのびのびと努力をしたことをほめたのですね。彼らが、主を愛してその託されたタラントに応じて努めたからほめたのです。この主人はたいそうなお金持ちなので、稼いだ財産の多寡にはさして関心がありません。

 同じように、主イエスもお戻りになったら、あなたがどれほど主を愛して、タラントに応じてあなたを評価なさいます。託してもいないものについて理不尽なことをおっしゃる方ではありません。主は万物の所有者ですから、あなたの仕事の成果の多寡についてはさほど関心がありません。主が関心をもっていらっしゃるのは、その奉仕が主への愛の現われであるかどうかです。愛が肝心です。どんな賜物も愛がなければ何の役にも立ちません。「異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいドラや、うるさいシンバルと同じです。また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」(1コリント13章前半)愛がなければ何の役にも立ちません。自己顕示欲や冷たい使命感とかをもってどんなに熱心に賜物を用いても、神の前では無価値です。なぜなら、神は愛だからです。

 

3.奉仕 二つの秘訣

 

主への奉仕について二つの大事なことを学びたいと思います。

 

一つ目は、この主人は、「あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。」とおっしゃったことからです。わたしたちのこの世における営みは、次の世におけることにつながっているのです。この世における奉仕、働きは次の世のための予行演習なのです。この世での奉仕において、主イエスの信頼を得ることができたら、次の世ではもっと豊かに主から大切な仕事を託していただけます。天の御国は怠け者の国ではありません。働き者の国です。私たちの造り主である父なる神が、働き者でいらっしゃいますから。

 大谷翔平選手はオープン戦で、マスメディアから「所詮、高校生なみ」などと酷評されていました。でも、彼は大リーグに適応するための計画をちゃんと内側にもっていて、オープン戦では着々と試して調整していたわけです。そして、本番が始まると、ご存知のように投打にわたって大活躍して、米国でも日本でも大谷君のとりこになっています。

 この世の私たちの人生はオープン戦で、より多くのものを任される次の世が本番です。オープン戦ですから、失敗しても大丈夫です。のびのびやりましょう。オープン戦で失敗があるとしたら、失敗を恐れてなにもしないで縮こまっていることです。「ある者は岸に立ちて、沖をば見るのみ。主の恵みの深さなど、あえて知らんとせず」です。
 人の評価を気にする必要はありません。肝心なのは本番であって、今の世はオープン戦ですから、試行錯誤しながらのびのびとやってみることです。

 

二つ目は、今の世の奉仕の人生にあたって肝心なのは主人に対する愛と信頼であるということです。1タラント主人に託されたしもべは、主人に報告しました。

 25:24 ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。

 25:25 私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。

 

 何がこのしもべの問題点だったのでしょうか?答えは彼の主人に対するセリフのなかによく現れています。彼は、主人にむかって、「あなたは蒔かないところから刈り取る・・・ひどい方だ」と思っていました。彼は主人の愛を知りませんでした。

 米国から仏教国タイに出かけた一人の宣教師がいました。彼は博士号をもっているたいへん優秀な方でした。けれども、彼はタイに赴いてとても熱心に伝道しているようでしたが、しばらくすると、帰国せざるを得なくなってしまいました。彼が後に書いているのですが、「わたしは夜寝ると夢を見ました。夢の中で白い衣を着た人が来ると、その人は『私はあなたのために、こんなに犠牲を払ったのに、あなたはまた失敗したのか』と傷ついた手のひらを見せながら私に向かって怖い表情をするのです。」と。彼はまさに奴隷の霊を受けたような状態で、神は彼にとって恐怖の的でした。ですから、失敗してはならないと思うと怖くなり、病気になってしまったのです。

1タラントのしもべの問題はなんだったのでしょうか。タラントが少なかったことですか?いいえ。では、何が問題でしたか。それは、彼が主人をよく知らなかったことです。そして主人を愛しておらず、不信感の塊だったことです。彼に必要だったのは、主人の愛をよく知ることでした。 私たちが、実りある奉仕の生涯をまっとうするために大事なことは、主がどれほどに私を赦してくださったのか、そして、どれほど私を愛してくださったのかということをはっきりと知ることです。

 まず、そのためには「神様、あなたがどれほど私を愛していてくださるかを教えてください」と祈ることです。これは御心にかなった祈りです。そして、神様のみことばを読みましょう。

「4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

 4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(1ヨハネ4:9-10)

 

 天地万物の主であられるお方が、あなたを愛されました。その愛の余りに、天の栄光を棄てて、地にくだり、自ら進んで十字架にかかり十分に苦しんで、あなたの罪をも償ってくださいました。それほどまでに、主はあなたを愛し、あなたを赦してくださいました。

 

適用

 主が注いでくださった愛こそが私達の奉仕としての生涯の原点であり、かつ、原動力です。主の愛を知ってこそ、私たちは、自分を主にささげて何か主のためにしたいと願うようになりました。そのことを決して忘れてはなりません。

 今の世の人生は、次の世の本番の奉仕のためのオープン戦です。だから失敗を恐れてびくびくせず、のびのびとやりましょう。でも、オープン戦なのだから、あすにつながることを覚えて、だらだら怠けずにしっかりとやりましょう。
「よくやった。よい忠実なしもべだ。あなたはわずかなものに忠実だったから、わたしはあなたにより多くのものを任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」と主に肩を抱いていただける日を待ち望みながら。

 

過去・現在・未来

ロマ5:1-11

 

5:1 ですから、信仰によって義と認められた(過去)私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています(現在)。

 5:2 またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます(現在)。

 5:3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、

 5:4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。

 5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

 5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました(過去)。

 5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。

 5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった(過去)ことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

 5:9 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた(過去)私たちが、彼によって神の怒りから救われる(未来)のは、なおさらのことです。

 5:10 もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられた(過去)のなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかる(未来)のは、なおさらのことです。

 5:11 そればかりでなく、私たちのために今や和解を成り立たせてくださった(過去)私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいる(現在)のです。

  

序 クリスチャンになったなら、どんな人生観をもって生きて行けるのか?そういうことの一部分を、過去・現在・未来ということで整理して記されているのがこの箇所です。まず1節から5節では、「信仰によって義と認められた」ということは過去です。「キリストによって神との平和を持っています」は現在です。そして、「神の栄光を見ること」は未来です。そして、現在はそれを希望して喜んでいるのです。

 

1.過去:義とされた

 (1)生まれながらの人間

 万物の創造者である神は人間に二つの大事な戒めをお与えになりました。第一は、「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』第二は「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」この二つより大事な命令は、ほかにありません。聖書ではよく罪ということを言いますが、罪とはなんでしょうか。罪とは、まことの神を愛さないことと、隣人を自分自身のようには愛さないことです。

 まことの神を愛さないとは、太陽も雨も空気もいのちも無料でくださってお世話になりっぱなしの神様に対して感謝も礼拝もしないで、自分の力で生きていると思いあがっていることです。 また、神様は全人類を愛しなさいではなく、「あなたは隣人を自分自身のように愛しなさい」とおっしゃいます。あなたのごく身近な人です。妻や夫や子供や親や友達を自分自身のように愛しているでしょうか。ところが私たちは、隣人を愛することがなかなかできません。神への罪の欠けと、隣人愛の欠けという罪の根っこから、憎しみや親不孝や殺人や盗みや浮気や偽証などといった罪が花を咲かせ、やがてその罪の実がみのるです。

 私たちは毎日のように政治の世界では偽証がまかり通っているのを見たり、巷には殺人事件や窃盗のニュースを聞かされたり、芸能界ではくっついたり離れたり姦淫罪がはびこっているのを知らされてうんざりしますが、心の中の思いまでもご存知の神さまの前では、私たちも五十歩百歩なのです。罪の中に生きている私たち人間を聖書は「生まれながら御怒りを受けるべき子ら」(エペソ2:3)と表現しています。つまり、私たちは生まれながらには、神との平和を持っていないのです。

 

(2)神との平和

 そこに平和をもたらしてくださったのは、キリストです。世界を造られた神の御子であるキリストは、人となってこの世に来られ、人間の代表として十字架の上で聖なる神の怒りを受けてくださいました。誰でも自分は神様の前では罪があることを素直を認めて、イエス様を信じるならば、神様はその人の罪の罰はもう終わったと宣言してくださるのです。それが、義と認めるということです。 

 安定した祝福あるクリスチャン生活の1塁ベースは、イエス様を信じたその時に神の御前に義と宣告していただいたという事実です。神が義と宣告してくださったので、今、キリストを信じる者は神と平和な関係の中にあります。キリストにあって平和を得る前は、私たちは神の聖なる怒りの対象であり、永遠の滅びに陥るべきものでしたが、今や、その怒りは去ったのです。

5:1 ですから、信仰によって義と認められた(過去)私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています(現在)。

クリスチャンになっても、人生のなかにさまざまな苦難が襲ってくることもあります。この手紙を書いているパウロ自身、主イエスの福音を伝えたせいで、多くの苦難を経験しました。ユダヤ教徒からは裏切者として迫害を受けましたし、ローマの役人に投獄されたこともあります。伝道旅行では嵐の海で危うく船が沈没しそうにもなりました。また、彼は持病もちでもあったようです。けれども、そうした苦しみの中で使徒パウロは決して神の愛を疑うことはしませんでした。神は私をまだ私を怒っておられるから、こんな罰が当たったのではないかとか、神は私を地獄に落とそうとしているのではないかなどと恐怖を覚えることはありませんでした。

 なぜでしょうか。それは、彼がキリスト者の過去について正確な認識を持っていたからです。すなわち、私が悔い改めてキリストを信じた、あの瞬間、神は私を義と宣言してくださった。したがって、神は私との間に樹立された平和は1ミリも揺るがないのだということです。

 

 クリスチャンになったけれど、罪をふたたび犯してしまうと、もう自分みたいな人間はだめだ、神も私をお見捨てになるのではないかとおびえる人がいます。こういう考えは、一見謙遜なように思えますが、実は神の真実を疑う失礼な考えです。主イエスを信じる者を義とするのは神であって、人ではありません。主イエスを信じる者を義とするという契約は、神御自身がご自分の真実にかけて打ち立てられたものです。たとえこの天地が崩れ落ちても神の愛と真実は微動だにしません。

 

2.現在:神との平和の中で艱難をも喜ぶ

 

(1)喜び

 神との平和があるので、クリスチャンの人生には、根本的な安心と喜びがあります。その喜びとは「楽しみ」とは違います。楽しみとは外から来るものです。たとえばゲームをしたときの楽しみ、テレビがおもしろい、病気が直った、お金がもうかった、高級車を買った、念願の学校に入学できた、ご馳走を食べた・・・こういうものはみんな外側から来る楽しみです。こうした人生の楽しみを否定する必要はありませんけれども、こうした楽しみはいずれ過ぎ去るものです。ゲームも車も家もやがて飽きます。この病気はなおってもいずれ別の病気は再びやって来るし、お金には羽が生えています。みんな一時的なものです。

 神との平和が樹立したキリスト者には内側からあふれる喜びがあります。そして、その喜びは尽きることがありません。

  主イエスは言われました。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわきでます。」(ヨハネ4:14)

 どういう喜びでしょうか。それは、私は神様に赦されている、愛されている、私は神様に生かされているという喜びです。人生の途上の別離や苦痛や争いによって悲しみに一時心が沈むようなことがあっても、心の奥底にこの神様に愛され赦されているという喜びが、絶えることのない地下水脈としてあるのです。

 

(2)艱難をも

 ですから、クリスチャンの人生においては、かりにもろもろの艱難が訪れたとしても、失望することはないのです。いえ艱難さえも喜ぶことができるのです。

 堀越牧師の証。堀越青年は、戦中の人ですが身長180センチもあって大きく立派だけれど、なにか困難が起こってくると、いつも「ああだめだ」とつぶやいては逃げ出していたそうです。ところが、クリスチャンになりこのみことばと出会いました。「艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられている聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(ローマ5:3‐5) 従来、堀越青年は、艱難がくると次に逃避、そして、品性はいつまでも練られず、そして一層自分に失望していたのです。逃避と失望の悪循環の人生でした。けれども、神様は堀越青年に、<艱難→忍耐→練達→希望>という道を教えて下さいました。それ以来、艱難にぶつかると堀越青年は、「よし忍耐をすればよいのだ。そうすれば、練達、そして希望へのつながるのだ。」という、ちょっとやそっとでグラグラしない希望ある人生を歩むようになったのです。

 なぜクリスチャンは艱難をもこのように受け止められるのでしょうか。それは、「聖霊によって神の愛が心に注がれているからです。」とあります。父なる神は、ご自分の子とした者たちを、御子キリストに似た者として育てるために、愛ゆえに人生に試練をお与えなさるのです。神は、私たちを打ち砕き、練りにねって、神とキリストに似た者につくりかえるのです。これを聖化といいます。神様は、義と宣言して平和の関係を樹立した者たち、つまりクリスチャンたちをイエスに似た者につくりかえるのです。また、聖化とは聖霊との関係で表現すれは、「御霊の実を結ぶ」ということです。御霊の実とは、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」です。聖化とは、父なる神に似せられていくことであり、キリストに似た者とされていくことであり、御霊の実をむすぶことです。

 その聖化の手段として、神様は基本的に、霊の糧であるみことば、霊の呼吸である祈り、霊的な運動である教会生活、そして試練という4つのことを用意してくださいました。

 

3.未来:最後の審判の怒りをまぬがれるという希望

 

 クリスチャン人生の未来についていうならば、それは確かな希望です。「5:5 この希望は失望に終わることがありません。」とパウロがいう希望とはどういう内容なのでしょうか?文脈から言って、パウロがここでいう希望とは終末的な希望です。

 「人には一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっています」その審判において、私たちは神の恐るべき聖なる怒りを被ることはが、決してないという希望です。積極的に言えば、天の国、神の御国に確実にいれていただけるという希望です。このことをパウロは続く6節から10節で論証しています。その論証は次の通りです。

  キリストが父なる神のみ旨にしたがって、不敬虔な私たちのために、十字架で進んで死んでくださったという事実に、神の私たちに対する驚くべき愛が現れています。

5:6 私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました(過去)。 5:7 正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。 5:8 しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった(過去)ことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

 6節に「弱かったとき」「不敬虔な者」8節に「まだ罪人であったとき」とあります。これは、神に背を向けて神に敵対していたとき、という意味です。パウロもとの名をサウロについていえば、イエスは神をけがした輩であり、イエスに追随する連中はとんでもない冒涜者の群れだと思って、片っ端から弾圧して牢屋に閉じ込めていたとき、イエス・キリストはサウロを愛し、サウロのために十字架でいのちを自ら進んで死んでくださったのです。私に関していえば、「神などいるものか」と思い込み「神に頼るなど弱い人間がするはずべきことだ」と言って、神に敵対していたあの時、キリストは私を愛して進んで十字架で、そのいのちを捨ててくださいました。

 だとすれば、悔い改めてキリストを信じて神との平和を得て、神を「お父様」と呼んで礼拝の生活をしている私たちを、神が最後の審判において、有罪として怒りをくだす道理がないではないか。敵対者であった者をさえ愛していのちをくださったお方が、家族のうちに迎えて交わっている私たちをゲヘナに落とすわけがないではないか、とパウロはいうのです。9,10節

 5:9 ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた(過去)私たちが、彼によって神の怒りから救われる(未来)のは、なおさらのことです。 5:10 もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられた(過去)のなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかる(未来)のは、なおさらのことです。

 積極的な言い方をするならば、かの日には、私の罪のためにそのいのちをも惜しまずに十字架で捨ててくださった愛の主が、私たちを出迎えて「よくやって来たね」と肩を抱いてくださるのです。それは、どれほどの感激でしょう。今、私たちはすでにその前味を味わっていますが、その時には十分に味わうことになります。今、私たちは主を古代の銅の鏡に映すようにぼんやりと見ていますが、かの日にははっきりと見ることになります。それはどれほどの感動でしょうか。

 

結び

 このようなわけで、クリスチャンは、キリストを信じたとき義であると宣言され、罪赦されたという揺るがない事実を土台として、現在、神との平和をもっています。そして、未来に関しては、神はすでに神と和解した私たちを最後の審判において、救ってくださることはあまりにも確かなことなのです。かの日には、天地の主、また私を愛し、私の罪のためにいのちまでも惜しまれなかった、すばらしい主にお会いできるのです。

 こうした過去の揺るがない土台としての義認と、未来のたしかな希望の中で、私たちは今日を生きるのです。

カインとアベル――聖書的礼拝の根本原則

創世記4:1-7

 

2018年4月19日 HBIチャペル

 4:1 人は、その妻エバを知った。彼女はみごもってカインを産み、「私は、【主】によってひとりの男子を得た」と言った。

 4:2 彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。

 4:3 ある時期になって、カインは、地の作物から【主】へのささげ物を持って来たが、

 4:4 アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。【主】はアベルとそのささげ物とに目を留められた。

 4:5 だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。

 4:6 そこで、【主】は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。

 4:7 あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」

 

 

序・・・文脈をわきまえる   

 聖書のある部分を正しく読む上で重要なことの一つは文脈をわきまえることです。文脈とは、そのテキストの前後、創世記の中での位置、モーセ五書の中での記事の位置、旧約聖書の中での位置、そして、旧新約聖書全体の中での位置を考慮することです。聖書66巻は多くの記者たちが筆をとったのですが、唯一の著者聖霊の指導のもとに書かれたものであるからです。

 創世記4章のカインとアベルの礼拝の記事の場合、注目すべき文脈は3章からのつながりが一つです。カインとアベルの父母が、神に背いて罪を犯したとき、神はある動物を犠牲にして作った皮衣を着せて二人をエデンの園を追い出しました。二人は、こうして人類最初の家族が形成していきました。その家族の中で起こったのが4章の悲劇でした。

 もうひとつ注目すべき文脈は、カインとアベルの記事は、モーセ五書の中で最初に出てくる神礼拝の記事であるという点です。そういう意味で、真実の礼拝とは何かが示唆されているのではないかという視点をもって読むべきだということです。

 以上を前置きとして、本文に入っていきましょう。

 

1.原罪

 

4:1 人は、その妻エバを知った。彼女はみごもってカインを産み、「私は、【主】によってひとりの男子を得た」と言った。 4:2 彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。

「産みの苦しみを増す」ということばのとおり、骨盤が割れるかと思うほどの苦しみをへてカインを産んだ時、エバは「私は主によってひとりの男子を得た!」と言いました。このことばは、先に神が彼女に与えたあの約束を意識してのことばです。つまり、「女の子孫が蛇の頭を踏み砕く」(3:15)という主の約束が自分の出産によって成就するのだと彼女は期待して、生まれたわが子カインを胸に抱いたのです。

ところが、それは思い違いでした。子どもたちが成長していくにつれ、互いに争ったり、意地悪をしたり、親にウソをついたり、反抗したりし始めたのです。子は親の鏡。その有様は、振り返れば親であるアダムとエバ夫婦の姿でもありました。そうして、ある日、息子のカインは、救い主どころか、人類の歴史における最初の殺人者となってしまうのです。自分が腹を痛めて産んだ子どもたちの一人が、もう一人を殺してしまうという、母親にとって、これ以上に悲惨な経験はありません。あの日、善悪の知識の木の実を盗って食べて神に反逆したことが、これほどに恐ろしい結果を生んでしまったことに慄然とさせられるのです。

罪は、親から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へと遺伝していきます。「原罪」です。人は、生まれながらに罪の性質を帯びて生まれてくるのです。ダビデはあのバテシェバ事件の後に、このように嘆いています。詩篇51篇5節

 51:5 ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。

 

2.アベルの捧げものは神に受け入れられ、カインの捧げものは拒否された

 

 さて、「ある時期になって」(3節)、成長したカインとアベルとは、主のへのささげ物を持ってきたとあります。彼らは父アダム、母エバから、幼いころから造り主である神様に対して礼拝をささげることを教わって育ってきたのでしょう。アダムとエバとは、自分たちが神のことばに背いて楽園を追放されてしまったこと、それにもかかわらず、神は救い主を到来させる約束を与え、ある動物の血を流して罪の恥を覆う衣を着せてくださったのだと、子どもたちに語って聞かせてきたわけです。神に礼拝をささげる父と母を、子供たちは見てきたのです。 そして、今日、カインは大地を耕す農夫として、アベルは羊飼いとして、自立して働くようになって、いよいよ大人として神へのささげものをする、そのときが来たというのが、「ある時期になって」ということばの意味でしょう。

 4:3 ある時期になって、カインは、地の作物から【主】へのささげ物を持って来たが、

 4:4 アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。【主】はアベルとそのささげ物とに目を留められた。

 4:5 だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。

 

 なぜ神様はアベルのささげものは祝福して受け入れ、カインのささげものには目を留められなかったのでしょうか?三つの解釈があります。

 第一の解釈は、神がどの人間のささげものを受け入れるかどうかは、神の主権に属することであって、人間は云々すべきでないという説です。ヨブ記で義人がなぜ苦しまねばならないか?とか、ある者は神に選ばれある者は選ばれないのはなぜか?といったたぐいの人間にはわからないことと同じように考えるべきだというわけです。

 しかし、神の捧げ物として何がふさわしいのかということについて、神が彼らに何も啓示していなかったとは文脈上、考えにくいのです。なぜなら、4章7節で、神はカインに対して「あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。」とおっしゃっているからです。ごく普通に推論すれば、カインは神にささげる正しい捧げ物とは何かを知っていながら、あえて正しく行わなかったから受け入れないのだと言われていることは明らかでしょう。私たちは、神の定めた捧げものの原則については、わからないというのでなく、わかるべきです。 

 

 第二の解釈は、アベルは心を込めてささげたが、カインは心をこめないで、おざなりにささげたから、その態度が受け入れられなかったのだという説です。「チェーン式新改訳聖書」の脚注には、「主がアベルのささげ 物に⽬を留められたのは、ささげ物に対する彼の態度である」とあります。つまり、捧げ物としては、動物でも大地の作物でもよかったのだが、アベルの態度はよく、カインの態度がよくなかったのだという解釈です。新改訳聖書第一版から第三版までは翻訳が、ことさらにアベルの態度が良かったという印象を与えるものになっています。 第三版では次のようです。

 4:3 ある時期になって、カインは、地の作物から【主】へのささげ物を持って来たが、

 4:4 アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを持って来た。【主】はアベルとそのささげ物とに目を留められた。

 

  4節は口語訳聖書、文語訳聖書では単に「肥えたもの」とあるだけです。新改訳2017では「自分の羊の中から肥えたものを持ってきた」とプレーンな訳に改められています。

 

 第三の解釈は、アベルは動物犠牲をささげたから受け入れられたが、カインは大地の産物をささげたから受け容れられなかったという理解です。三つ根拠があります。

 第一の根拠は、そもそも創世記第4章に書かれていることで、両者の礼拝の単純明白な違いは、アベルのささげ物は羊であったのに対して、カインのささげ物は大地の産物であったという一点だけだということです。「カインは農夫だから農産物をささげるほかなかったじゃないか?」という人がいるかもしれません。そんなことはありません。カインは羊をささげるべきだと知っているなら、アベルに頼んで「肥えた羊を、農作物と交換して譲ってくれ。」と言えばよかっただけのことです。カインはあえて、そうしなかったのです。ここに彼の問題があります。

 第二の根拠は、カインとアベルは、動物の犠牲の血が流されて自分たちの罪が覆われたという経験をした両親に育てられて礼拝の生活をしてきたということです。推測に属することですが、おそらく彼らは「罪が赦されるためには血が流されなければならない」という原理に基づいた礼拝を幼いころから教えられてきたはずです。しかし、カインはあえて、神の求めに背いて、俺流のささげ物を神の前に持ってきたということになります。

 第三の根拠は、はじめに話したように、カインとアベルの捧げものの記事は、モーセ五書における最初の礼拝の記事であるゆえに、ここには礼拝の根本的原理が表されている可能性が相当高いということです。その根本原理とは、「血を注ぎだすことがなければ、罪の赦しはない」(ヘブル9:22)ということです。

 

3.礼拝の根本原理

 

本日の箇所から礼拝の根本原理を学びます。

)熱心でも自己流の礼拝はだめ

 礼拝に関して、私たちが心をこめることが大切なのはいうまでもありませんが、心さえこもっていれば、俺流の礼拝でよいわけではないということです。私たちが心込めるべき点は、礼拝における神の定めに対して忠実であることについてです。これが聖書的な礼拝におけるregulative principleすなわち規制原理です。カインの過ちは、神の定めた礼拝の原則を無視して、自己流の礼拝をささげたということにあります。カインは主の定めに背いて、「俺が畑で汗して作った作物だ。神が受け入れてくださるのは当然だ。」という思いで、大地の作物を捧げものとして差し出して、神に拒絶されたのでした。

 聖書の中には、自己流の礼拝をささげて、神に打たれた人が他にもいます。ひとつの例は、大祭司アロンの息子ナダブとアビフです。彼らは(おそらく異教的な工夫をこらした)異なる火を神の前にささげて、神の火に焼かれてしまいました(レビ10章)。また、サウル王は妙に信心深い人でした。ですからペリシテとの戦の前にいけにえをささげないと、負けるんじゃないかと恐れました。それで預言者サムエルがささげるべき神へのささげものを、王である彼がささげて神の怒りをこうむりました(1サムエル13章)。

 神は、私たちの日常の行動については、私たちの自由裁量に相当まかせおられて、なすべきすべてが聖書に書かれているわけではありません。けれども、こと礼拝については、神は人間がさまざまな自己流のあるいは異教的な工夫を付け加えることを禁じています。「あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行わなければならない。これに付け加えてはならない。減らしてはならない。」(申命記12:32)というのが原則です。

 ウェストミンスター信仰告白は次のように述べています。

 「第21章 宗教的礼拝および安息日について

1 (前略)このまことの神を礼拝する正しい方法は、神ご自身によって制定され、またご自身が啓示したみ心によって制限されているので、人間の想像や工夫、またはサタンの示唆にしたがって、何か可視的な表現によって、または聖書に規定されていない何か他の方法で、神を礼拝すべきでない。

 

(2)血を注ぎだすことがなければ

 今日の箇所から聖書的宗教の本質を学び取ることができます。神様は、アダム以来罪に落ちてしまった私たちの礼拝に関して、「血を注ぎだすことがなければ、罪の赦しはないのです。」(ヘブル9:22)という根本原理をお定めになっています。旧約聖書レビ記における祭儀のなかには、全焼のいけにえ、罪のためのささげ物、和解のいけにえなどとともに、穀物のささげものというものも含まれていますが、穀物のささげものは単体でささげものではなく、血を流す生贄といっしょにささげられるものでした。

 旧約時代には牛や羊の動物犠牲が繰り返しささげられましたが、それらはイエス・キリストの十字架の犠牲という本体を指差す影でした(ヘブル10章)。新約時代には本体であるキリストの十字架の犠牲がささげられたので、もはや動物犠牲をささげる必要はなくなりました。もし今日動物犠牲をささげるとしたら、それはキリストの十字架の贖いの完全性を否定することになります。

エス様の十字架の死による贖罪を抜きにして、私たちの礼拝は成り立たないものであることを、覚えなければなりません。イエス様を抜きにして、私たちは父なる神に近づくことはできないのです。キリスト教信仰とは、近世のソッツィーニや近代自由主義神学や、近年キリストの代償的贖罪を軽んじる人たちが言うように、「キリストの愛に満ちた生き方をまねして生きて行けば、世界は平和になりますよ」という道徳ではありません。キリスト教信仰とは、私たちが神と和解するためには、キリストの十字架の死と復活が必要不可欠であったと主張する代償的贖罪の信仰なのです。新約の時代の教会では、聖餐式がそれを明瞭に表しています。

 

結び

 聖書的な礼拝の根本原理。礼拝については、神がお定めになったことに、人間の勝手で足したり引いたりしてはなりません。 確かに、新約時代には、旧約聖書レビ記にしるされたような事細かな規定は廃止されましたが、旧約新約を通じて貫かれている礼拝の根本原理は、「血を流すことなしに罪は赦されない」ということです。旧約時代には、動物犠牲の血が流され、新約時代にはもろもろのいけにえの本体である主イエス・キリストが十字架で成し遂げられた贖罪のわざを根拠として、私たちは神に近づくことができるのです。

 「(キリストは)やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられたのです。」(ヘブル9:12)